すず

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4/13/2025, 10:54:22 PM

火。
それは全てを欲さんとする物。木を呑み。命を呑み。粒を呑み。何れは全てを消す。
さらに言えば、幾重にも及ぶ人類史の最も偉大なる父親的な存在でもある。

平。
それは全てを許容する者。上司の怒りを飲み。同僚の嘆きを飲み。最近ボケてきた親への不安をも飲み込む。
さらに言えば、ここ数年で稀に見る程の社畜であった。

そんな相見えることすらない彼らが今!
なんの運命のイタズラか邂逅を果たしたのだ!

「なんだぁあれ」
無意識のうちに声が出る。
目を向けるは乱雑に放置されているゴミ袋の山。しゃがみ込むと、少々鼻を捻りたくなる匂いと共に感じるカラスなどに荒らされた形跡のある袋達を気に留めることもなく掻き分ける。

そして見つけた。

中央が赤褐色に光る汚れひとつ無い白い玉。何処か幻想的で異様な光景に恍惚としてしまった、と言うより童子の様な探究心を思い出してしまう。
なぜこれを超自然的に見てしまうのか、こんなにも目を惹かれてしまうのか自分の事ですら推し量れるものでは無かった。
その玉は異様に暖かくそして全てを捧げてしまうような狂信的な雰囲気を醸し出しす。
思わず手に取ってしまうが特にこれといった出来事は無い。ただどんよりと仕事疲れを起こした目と手首には酷く暖かいもののように感じてしまう。
私は周囲を一瞥し、瞬時にカバンに押し込む。
考えるよりも体が動く。理屈は無い、ただそれを愛おしくそれでいて偉大だと察した、ただそれだけ。
大きさとしては、野球ボールほどの大きさの為、すんなりと入り込んだ。

私は目的地であったビジネスホテルへと向かわずに、スマホを開いき、ポチポチっと慣れた手つきで配車アプリで予約を取る。
運のいい事に5分も待てば配送に来た。
ここから数十分もの間、車に揺られることになる。
本来ならば億劫で息が詰まるようなこの移動時間が今は、映画本編が始まるコマーシャルに似ていると思い付き顔がニヤついてしまう。長いような短いような。期待と妄想が止まらず、早めにポップコーに口をつけるあの感覚。
「あぁ楽しみだな」
カバンを抱きしめ、少しでもあの熱を肌で感知するために、長くこの時間が続くようにと懇願するように顔面に押し付ける。

数時間あるいは数十分の出来事。
タクシーに運賃を支払い自宅に帰宅した私は急いでキッチンへと向かう。
チッチッチと刻む音が響き焜炉に火がついた。スイッチは既に最大の方向にし、躊躇わずカバンを放り込んだ。
お高いカバンを認めた事が原因だろうか、思うように火は飛びつかない。ちびちびと引火していってはいるが、それでは本領発揮とは行かないだろう
「火力が足りない」
思わず落胆の声を上げてしまうが、ここで挫けていられない。

急いで押し入れのなかを漁り目当てのものを見つけた
銀色に輝くそれは、いつかキャンピングなどで役に立つだろうと買っておいたが結局は肥やしとなっていたガスバーナー君である。
一般的にガスコンロの温度は1900度と言われている。もしこのまま燃えていくとしてもそれは、灰になるだけだ。しかしそれでは足りない。熱情も熱気も狂気も。
「このガスバーナーは特別製でね」
使用すると、ガスが抜けていくと共にものすごい熱気を感じた。
「2500度有ればどうかな?」
徐にカバンと家に引火させる。
築40年のボロアパートだ。老朽化も進んでいるしさぞ派手に燃えてくれると確信した故の行動だ。
十分煙が部屋を満たしたと判断し、外へと移動する。
そこからは早かった。乾燥した時期だった為か、いきよいよく燃えたぎるその様は圧巻の一言に尽きるだろう。
周りが騒がしくなった頃それは起きた。

ひと目でわかる程崩壊したボロアパートの瓦礫から白い玉が浮び上がる。それは以前より増して大きく概算すれば大人一人がすっぽり入ってしまうほどの大きさになっていた。

周囲に喧騒はより激しくなる。スマホを取り出すもの。知人と話し合うもの。少しでも拝もうと背伸びするもの。千差万別だった民衆はの目線は一気に集中した。
「産まれるぞ」
玉に亀裂が入る。初めは目を細めても気づけないほどの割れ目は次第に大きくなり遂には弾けた。
「おぉ!」
さっき迄とはうってかわり周りが包んだのは熱気と静寂であった。スマホで録画していたもの。知人と話していたもの。少しでもその御身を視界の端に捕えてしまえば、既に虜だ。
爛れた赤い皮膚はマグマを想起させ、6本の対になる赤黒い大きな翼はまるで脈打つように蠢いていた。その優美で高尚な産まれたばかりの赤ん坊は今産声をあげる。

人類では到底観測できない事柄。聞こえてるはずなのにその声色はどう足掻いても表現出来るものでは無い。化学を用いて、文学を用いて、ましてや紛い物の神ですらその声は言い表せられない物だろう。
パチパチパチと肉を叩く音。気づけば周りの人々からは拍手が巻き起こっていた。と言っても賞賛なんて烏滸がましい真似ではもちろんない。直感する。これは熱望だ。出てしまう熱く煮えたぎる衝動だ。赤ん坊の泣き声と同じく、どうこうできる代物ではなかった。皆一様に手を叩く。狂信的に、冒涜的に、誠実に、壮絶に、法悦し、陶酔し、魅了し、熱が包み込む。

炎が立つ。
全てを呑み込む。父の誕生だ。




4/5/2025, 3:44:44 PM

ある日の平日。その日も代わり映えのない一日を過ごしていたつもりだった。オレンジ色に彩られた少し窮屈な廊下。窓に目線を向ければ、運動部の迫力ある掛け声が聞こえる。靴箱には少し独特の匂いが漂いつつも、それは何処かノスタルジックを感じさせた。いつも通りの放課後。
そのハズだったのだが......
靴箱を開けた拍子に1枚の白い手紙が中をまう。
無意識的に掴んでしまった手紙に唖然をしつつも、手紙を開いてしまった。
母親が子供を愛おしそうに抱くように、合格した受験生が声を荒らげるように、止めようのない事だった。

その内容はただ一言。
(放課後校舎裏まで来てください)

そこからの行動は早かった。靴を投げ出し、履き心地の悪いままドアを開け、足取りは胸の高鳴りと同じく次第に速まっていく。
校舎裏に到着した時、目に着くのは艶やかなストレートヘアを伸ばした長身の女性であった。はち切れんばかりの胸を携えながらもスラッとした体型は誰もが目を惹かれる。
彼女もこちらを認識したのだろう。その顔は自信満々といった様子で声をかけてきた。
「隙だよ」
甘い声色が脳に届くと同時に瞬時に悟る。
彼女が隠していた腕を見せるとピカりと白金色に輝くそれを振り抜いた。ダガーナイフは無駄のない動きで首筋へと投擲された。
「くっ!」
これが奇襲だという事を!!
「痛いじゃないか」
肉をさく嫌な音と共に周囲に血の匂いが立ちのぼる。
発した言葉は幾分か強気ではあったが、劣勢に立たされている事は誰が見ても明らかだった。
かろうじて掌で防いだナイフを抜き取り相手へ投げつける。俊足のスピード。一般人では到底見切れないそれを彼女は悠々と躱してみせる。
お互いがお互いを睨みつけ合う。
ジリジリと狭まる間合い。
試合開始のゴングは軋むような胸元のボタンがこちら目掛けて弾けた時だった。
「バカな!」
思わず、目が固定されてしまう。
先程まですらその破壊力は計り知れなかった。その肉厚は一気に膨れあがる。
「倍ッだと!?」
驚きが駆け巡り、脳のニューロンが激しく揺れ動く。この映像を記録するためフル回転を超えた。しかしそれが仇となってしまう。
「ふっ間抜けね」
すぐに防御の構えへと移るが手遅れである。彼女の持った天性の才。その一旦を思い知り人生を終える。
「見事!」
綺麗な太刀筋であった。スカートの中からはい出たとは思えないほどの大太刀によって切りつけられた体は綺麗に別れる。
「不死身と言われた男もこの程度か」
血を拭き取り鞘へと収める。
彼女のつぶやく言葉には悲しげな雰囲気が感じられる。
「はぁ...一体何時になったら私の好きにも耐えられる殿方が生まれるのか」
だがしかしそれも一瞬の出来事であった。
パチンと頬を叩くと、切り替えた彼女はまた歩き出す。
自身のスキをも耐える強靭な殿方と出会うために!
さぁ進め、少女よ!
運命の相手とスキ会うその日まで!

~完~

3/31/2025, 8:50:00 PM

私は私が嫌いだ。
小さい頃からこれだけは何も変わらない。
それどころか時が経つにつれ、この思いは次第に膨れ上がっていく。
大人は言う
大人しく座れ。人の言う事を聴け。点数がダメだ。もっとラケットを強くもて。高望みをするな。

現実を視ろ。

私は嫌いだった。
人の頑張りをまるで無かったことにするようなその叱責を。自分なりに考えた行動の行く末を、まるで観てきたかの言うその言動を。何より、それらを無意識のうちに肯定してしまう己の愚かさが大っ嫌いだった。

私は弱い子供だ。
一抹の不安を常に感じている。
期待があれば重圧に感じ、なければまた自分を蔑む。
功を立て、成績を上げろ、人生に意味を付けろ。そんな脅迫観念が、頭から離れない。焦燥感や恐怖感じると同時に逃げればいいと考える自分がいる。

そんな弱さを変えたくて、テニス部にしわくちゃな入部届を出した。
その前まではしなかったような栄養食を取り、部活の無い日は自主練に励んだ。誰よりも早くテニスコートに入り誰よりも遅く出た。
手にできた豆はいくつも潰れ、気づけばテニスに浸る日々を送った。
それから月日が流れ私は、高校最後の女子テニスシングルスでのインターハイ。決勝戦という所まで登り詰めた。
周りの視線が集まる中、緊張で呼吸さえ詰まることがあったのを覚えている。握りこんだラケットはいつもより震えていた。応援を背に受けいよいよ試合は始まった。

序盤中盤終盤、相手とは拮抗した実力だった。最終セット、両者共々疲労困憊の中力を振り絞った。試合全体で見れば1時間超えていた。燦々と焼け付くあの日、あのデュースでの一点。次失点すれば負けるあの状況下。
相手も相当の疲労が来ていたのだろう。それまでの烈しいロングラリーの応酬が途切れる。相手の打ち返したボールは高く打ち上がりネットへと飛来した。私は走ったただ相手へと打ち返すために、視線をボールにロックをかけた。私はあの時を忘れることは無いだろう。
飛来したボールはネットの上を滑り落ち、地面から2cm程跳ねたのちに私の足元に転がった。
瞬間周りから歓声が吹き荒れる。
相手の無茶な返し方もあったのだろう。それにより急激にかかった右上方向の力がネットにより遮られ、跳ねるほどの力がほとんど吸収されたのだ。

私はその日からテニスを辞めた。

結局のところ、私は変われなかった。
驚異的な成長を見せても。人一倍頑張っても何も残せなかった。

また幾許か時は経つ。
大学を卒業し、教鞭を振るう身となった。中学生相手に四苦八苦しつつも、どこか実感のない日々を過ごしていた。
そんなある日、生徒からの相談を受けた。成績はそこそこと言ったもので人間関係も悪くない。テニス部に所属し、情熱を注いでいたが中学最後の団体戦で県大会8位という結果を残したというのが私が持っていた彼についての情報だ。
その日の彼は、どことなく覚悟を決めたような面影で、ほんの少し頬を赤らめていたその顔はやけに印象深かった。
「それで、相談って?」
伽藍堂な教室に私の声が響く。
夕日の暖色が部屋全体を包みどこか神秘的だった。
「志望校を横島高校に変更したいんです」
この時期ではよくある話だ。県内で1番の偏差値というところと、この子の成績では芳しくない所を除けばだが。
「ちなみにどう言った理由で行きたいのかな?」
その問いかけに対し彼は更に顔を赤らめ、恥ずかしげに答える。
「その...あの、プロのテニスプレイヤーになりたくて」
なるほど。確か横島はテニスの強豪校。毎年全国大会で猛威を奮っていると聞いたことがある。
「正直言ってあまりおすすめは出来ないね」
「そうですか...」
ある程度想定はしていた様で反応は薄いがそれでも暗い顔は隠しきれていない。
「成績も学力も圧倒的に足りてない。この成績の水準で行くとかなりの高得点、それこそ平均合格点よりもプラス50点くらいを取らなきゃ苦しいね。」
彼の表情が少し歪む。それもそうだろう。今まで部活に情熱を注いできた彼がテニスに関係あるとしてもどう勉学に励めるだろうか。
それでも意を決して言葉を紡いでくる。
「ここで妥協したらダメなんです。初めてなんです、ここまで熱くなったものは。諦めたくない!」
潤んだ目で弱々しい声で、でもはっきりとした声で私に言う。
ここで彼を説得し、自分が目指せる範囲の中で選ばせるのが教師としては得策なのだろう。だが私は彼の表情をどこか自分に重ねていた。
「わかった」
その言葉に彼の目が輝く。
「ただその前にご両親との話し合いからだね、まだ言ってないでしょ?」
「うぐ...」
少し言い淀んだ彼だが直ぐに顔を切りかえて見せた。
「ありがとうございます先生」
「いえ、大人として当たり前のこと、それよりほら教室を出るよ」
「え、今ですか...」
唖然としている彼に
「時間は有限よ特に学生のうちはね。それに学力向上や親御さんとの話し合い、いくら時間があっても足りないよ」
「はい!」
その言葉に返ってきた満面の笑みはとても眩しいものに感じた。
そそくさと帰宅の準備をする彼を横目にこれから起こる彼の苦難を想像しほろ苦い顔をする。
「先生!」
全てを吹っ切れたような声が耳を揺らした。
「またあした!」
「はいまたねー」
その日の夜、私は少し高いお酒を飲んだ。

3/29/2025, 6:36:41 PM

乱れた瞳孔。そこから溢れる大粒の雫は一体どんな味がするのだろう。やはり塩っけが聞いているのだろうか。もしかしたらほろ苦い味が広がるかもしれない。
想像するだけで鼓動はたかなり、思わず唾を飲み込む。
その瞳に映し出された僕らは数多の色彩が混じり合い、慰め合い、そして真っ黒に染った。
頬に垂れる雫はただただ乱反射し、モアサナイトの如く絢爛に輝き夜の街に熔けていく。
それがまた、美しいのなんのと脳を焼きつける。
だからまた、その時が来るまで僕らは待ち続ける。
今日もまた、涙を流すのだ。

3/1/2025, 6:02:41 PM

灰色の人生っていいよな。真っ黒じゃないだけで区別もできるし。感じることだってできる。本当に素晴らしいよ。



「落ち着いて聞いて」
タバコ焼けしたガザガサの母の声が聞こえた。いつも通りの平坦な声。
「あんな、その目......もう見えんくなるらしい」
そう宣告されたのは病院のベットの上での出来事だった。
「治る可能性も万二一つもないそうだ」
その言葉に反応することは無かった。いやできなかったが正しい。どこで気絶したのか記憶は霞んでいてよく覚えていない。授業中であったか塾の帰りであったか、とてもあやふやだ。だがそこは重要では無い。今最も留意すべき事柄。
僕の様子に気付いたのか母はさらに告げていく。
「受験はもう終わった。あんたが寝ている間にね」
血の気が引いていく。人生を掛けていた。現役の頃を合わせてもう3年近くだ。
体の力が抜けるのを感じていく。
「その様態じゃ大学に行くのもままならない。もう諦めな」
神罰のように下されたその事実は、その事実はその事実....
「すこし、席を外しておくよ」

違う、違うのだ。
母はきっと勘違いをしている。僕の努力が報われるどころか、おぞましい仕打ちを受けていると。僕が憐憫に浸りたいと思っている。
全くもって逆だった。
人生をかけた勝負は勝負にすらなっていなかった。
でももういい。疲弊していた。盲目的だった。楔で磔にされていた。
僕は僕に戻ってようやく気づいた。世界はこんなにも静かだと。
窓越しのてらつく陽の光は確かに僕を包み込んでいた。
僕はきっと諦めたかったんだ。その理由を見つけたかった。
勉強が嫌いになった訳では無い。好きな分野があってそれを学びたくて浪人生になった。それが1年経てば目的から手段へと成り下がった。もう1年経つとこの地獄からの解放を願って大学をめざした。

目が見えなくなり、念願の大学に行ける可能性は消え去った。
それでもこんなにも
「空気が美味しい。」

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