すず

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私が声を発したということは、世界に淀んだ空気がひとつ増えたことと同義である。
批判は拒絶でしかなく称賛は嫉妬の裏返しだ。
故にこの閉ざされた社会的空間において、私の名前を呼ぶという行為はただの嫌がらせでしかなく離れ難い日常であった。

「皐月さん」
「なに」
抗議半分嫌味100%の私の表情に臆することなく彼女の口は開き続ける。
「さっき言ってた班決めの時の話なんだけど」
やはりそう来たか。さっき言ってた班決めというのは、来週ある鎌倉遠足での班の事だ。その時ありたいていに言えば私は孤立していた。周りがいそいそと仲間を見つける中、私は机を動かずにいた。そこを掬いあげたのが彼女、美園 エリカである。

「なに?班決めが無しにでもなった?」
「いや、そういうことじゃないんだけどね」
180を超えた私の胸より少し下にある顔が視線を合わせようと美園は顔を上げる。
綺麗な小麦色の髪を携えて言い淀む彼女。そこから伺えるルビーのような瞳は何処か慎重に地雷原を除去している様な緊張感溢れるものだった。
「ただ他の子たちがさ、やっぱり別の班に行くみたいで」
「ふーんまぁそうだよね私みたいな余所者がいたら嫌だもんね」
「いや、そういう訳では無いと思うよ!」
「いいよそういうの慣れてるからね」
「ほんとに!私は皐月さんと回ろうとおもってるし」
「はぁ?」
懐疑的に細める私を横目に美園が決心したように話を始めた。窓から差し込むオレンジの光は廊下を神秘的に塗装される。
「実は私......」
なんなんだこの空気は。
人生で一番の圧迫感だ。死んだ目をコンビニ店長との面接だってここまで嫌な予感を感じたことは無い。
「あなたと友達になりたいの!」
「とも......だち」
ともだち......
「はぁ!?」
「だっダメかな?」
「ダメとかいう以前に意味がわからないんだけど」
今までこう言うタイプが居なかった訳じゃない。私を哀れんで、自己愛と周りへの印象づけの為に寄ってくるクソども。でも彼女の瞳が物語っていた。
言うなれば憧憬の眼差し、いや、もっと近い表現をすると好き好き光線というやつだろう。初めて見た。

「いやあの、だってほら変な噂は聞くけど皐月さんいつも難しそうな本読んでるし、孤高って感じでかっこいいし他にも、美人さんでモデルみたいな体型してるし、手入れされた青いロングヘアーが神聖さを醸し出してるし、」
「ストップ待ってくれ、つまりは物珍しさで近寄ってきたって事でいい?」
「えっと物珍しいっていうのも否定はしずらいけど、1番は前あった御本さんと朝倉さんの喧嘩を仲裁してくれた事かな」
「仲裁.....」

あぁ言われてみればそんなこともあった気もする。彼氏を奪っただとか、私は悪くないだの喚き散らしていたあれか。恥辱のもつれだかなんだか知らないが、その日不機嫌になった私はついつい横槍を入れてしまった記憶がある。そこからは本当に地獄絵図だった。火に油、彼らの敵意はすぐに同調し私へと矛を向け始める。
何があんたには関係ないだ仲良くシンクロしてんじゃねぇ。お前らロボットアニメじゃねぇんだからよ。
そんな彼女らの光景に億劫と呆れが通り過ぎ、登った血はすでに下山し終えてしまう。
だからこそ判断を下した。こんな教室のど真ん中に置かれた火種をどうするかをだ。

「それってさ浮気した彼氏が悪いよね」

感情で動く人間というのは案外操りやすいものだ。そこに撃つべき標的がいて大義もあればの話に限りだが。
彼女達の感情の元は明白で両者共々悪者を退治しようとしている。そこに自分の彼氏を守るだとかそういった感情は感じられなかった。私の所有物を奪ったという憎悪と怒り。そんな彼女らを焚き付けるのに5分もかからなかった。

結局この話は仲裁なんて話ではなく、不法投棄したバカに返しただけなのだが。
「別にそんなつもりは無い」
「でもね、あの時の皐月さんはかっこよかったよ。あのままじゃきっともっと酷いことになってたと思うから。私はぼーっとすることしか出来なかった。」
「はぁ、それだけなら答えはnoだね」
結局美園も私を珍獣として見るだけだろう。動物園のように観察し理解出来ず離れていく。腐るほど見た王道展開だ。
そう思い立ち去ろうとするが
「でも...」
「いい加減にしてくれない?あのさ、さっきから私の顔みてないの、迷惑って顔してない?」
「......」
「あなたがその事についてどう思ったかなんて関係ないし、その程度の事で近ずかずられても迷惑。ハッキリ言ってあなたの行動てさ自己を満足させるためだけの行為だよね」
俯く彼女に動く気配は無い。漸くかとため息を吐きなが足を動かす。
「諦めないから!」
「はぁ?私の話聞いてた?」
「確かにこれは自己満足だし、迷惑をかけるかもしれない、それでも私は友達になりたい」
「あのさあ...」
「だってあの時怒ってくれたのは私の所為でしょ!」
私は何も言えなかった。
真っ直ぐな瞳がこちらを射抜く。
「あの時、口論がヒートアップしてもの投げたものが私にぶつかったのを見たんだよね?」
「そんなものは知らない」
「でもあの時私と目が合ったよね」
何も言えるはずがなかった。
話を始めた時点で負けていた。
「恩人と仲良くなりたいってイケないこと?」
そう訪ねてくる彼女は母のような優しい微笑みを浮かべている。
「大袈裟だ」
ため息の混じった声がでる。何となくこの展開を私は予測していたのだろう。その上で彼女の話を聞いていたことを自覚して体を掻き毟りたくなる。
「そんな事ないよ」
「わかったよ。私の負け。いいよ友達になっても」
こんな上から目線の言葉に目を輝かせ思わずと言った感じでガッツポーズを決めていた。
まったく、こんな性格の悪い巨女と友達になりたいだなんて変な趣味を持つやつもいたもんだ。

「これからよろしくね!」
「ああ、よろしくエリカさん」
「エリカでいいよ!」
「いや、それはやめとく」
「えぇー」

5/26/2025, 8:09:46 PM