すず

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「じゃあここに置いとくからね」
ドアの向こう側からは母親からの簡素な言葉が漏れていた。僕はその音を聞きたくなくて布団をより深く被る。それでも耳が拾ってしまうのは僕の幼さ故か、そんな考えが浮かぶが確かめる方法は無い。
乾いた喉は、震える瞳は僕の心の弱さの象徴している。
ジメジメとした部屋。暗がりには昨日からつけっぱなしのpcがひとり寂しく照らすだけ。居心地は最高潮に悪いがここ以外の居場所は悪天候の河川敷の下くらいしかないだろう。

別にいじめだとか過去のトラウマだとかそんな大それたことではない。
僕だけの問題で、悪者は自分自身。

それに気づいたのは小学校の頃か。当時の僕は色んなものに興味を惹かれていた。本当、色んなものにね。
空に広がる青い雲たち、季節の彩りやピアノが放つどこか儚げながらも鬼神に迫る迫力。その全てが僕には不思議と魅力的に感じていた。それはある意味では子供らしく、子供らし過ぎた。
わかりやすく言うなら、少しズレた子だったのだ。
他の子がかけっこをしている時、僕は雲の動きを探っていた。
他の子が山で虫を取りに行っていた時、僕は炎がなぜ燃えるのか考えていた。
そして他の子が好きな物を見つけ始めた時、僕は全精力をかけて音の響き方について研究していた。
それらはとても捨てがたい思い出たちであると同時に、忌まわしき呪いでもある。

そんなある時、学校のありとあゆる小道具を叩いてその録音を何度も聞いていた時に1人の女の子が近ずいてきた。
「なんで僕くんはそんな変な事するの?」
そうクラスメイトに聞かれた事を今でも鮮明に覚えている。抑揚なく、ちょっとした好奇心による言葉なのは当時の僕にも気づいていた。
それでもなお僕は切れてしまった。譲れないものだった。僕の豹変した姿に驚いた女の子は涙を流し、それを見た僕は更に激昂した。
そんな僕達を何とか収拾をつけようと呼ばれた先生がとった行動は両方を謝らせるというものだった。
その判決は子供の僕にとってはあまりに無情なものだった。思考を放棄し、自己満足に浸るような行為にしか感じなかった。

講義をしようと一旦頭を冷静にした時気づいたのだ。周りからの視線を。周りからの嫌悪の視線。奇異な目線。
色々な重圧が一点に集中していた光景を。
その後、謝った。それをもう完璧な土下座を持ってして。最大級の謝罪を行った。
それからという物僕は変わる......ということは無く、膨れ上がる矜持は留まることを知らなかった。
むしろプライドを傷つけられたと感じた僕はより孤立して行く。それは中学、高校に行っても変わることは無かった。
そして悟ってしまう。惰性と稚拙に塗り固まった考えだと今では感じるが、それでも唯一の打開策だと考えた。
それがこの僕の姿だ。転校した通信高校生という身分を大いに活かし、ぬくぬくと家で巣くっている。

親に考えを話した時、驚いた顔をされたが反対することは無かった。薄々気づいていたんだろう僕の気質を。

そしてそれからは趣味に没頭する日々だった。全てを出しつくしていくうちにポツポツと募っていく思いがあった。その思いに触れてしまった。

ようやく僕は気づくことが出来た。結局は逃げていただけなのだと。あの時、反抗するのではなく謝ったのがその証拠だ。僕は責任から逃げた。それからという物会話という会話をしなくなった。責務から逃げたのだ。
そして逃げ着いた先は静かなる森の中。

声は響くことはなく、迷いんだら逃げられない。恐ろしい森へと。

でも。
それでも。
だからそ。

もう逃げられない。逃げられない場所まで来てしまった。それでも僕ができる事が一つだけ、開拓の道だけだ。
まだ決心はできていない。もしかしたら元いた道に戻るだけかもしれない。
恐怖はある。不安はある。

でも僕が僕のままでいる為に矜恃を捨て、好奇心だけのあの頃に戻るために、冷たい扉のレバーを押し開けた。

5/10/2025, 3:04:38 PM