料理の音って結構響くんだよ。だから気分的には誰も起きてこない深夜の時間帯に作りたいんだけど、ボウルを出す際のカチャカチャ音や換気扇の音、他にも普段なら気にならないような細かな音が、睡眠中には鮮明に聞こえてしまう。だから時を止めて。喜んでもらいたくて料理をするのに、「やかましい!」と言われたら悲しくなっちゃう。今日はまだ始まったばかりなのに。
題『時を止めて』
入浴中にふと思った。
金木犀の名は橙色の花弁を金に例え、犀の皮膚のような見た目が由来らしい。ならば空に浮かぶ、あのまんまるがキンモクセイだろうか。
そういえば以前、"馬油×キンモクセイ"のシャンプーとコンディショナーが売られていた。猫吸いされても良さそうな香り。だが大事なのは周りが良い香りだと思うかどうかだ。一度買えば3ヶ月は持つため悩まされる。結局は椿オイルのような香りの無臭タイプを買った。髪がキシキシにならないか心配だったが、むしろサラサラになった感じだ。何十年も同じものを使い続けていたが、入浴商品を物色するのは思いの外楽しかった。お互いに香りを嗅ぎあって、なんだか仔犬がじゃれあっているみたいに笑った。共通の話題を提供してくれたお礼に、今度の入浴剤はキンモクセイの香りのものを買ってこよう。
題『キンモクセイ』
死体となり一層凹んだ頬肉を、魂だけの存在となって見下ろす。俯いて泣いている母に、言葉を空気に乗せることができないからアイコンタクトを送った。だが気づいてもらえなかった。手を伸ばす。この手を掴んで。お願いだから一人にしないで。この場所は寒すぎる。
身体が炎に包まれる。
"ああ、温かい。火葬で良かった"
死んだら身体は冷たくなるけど心は暖かな場所、祖母のいる場所に行けるといいなと願ってる。いつか母もやってくるだろう。その時は昔みたいに一緒に女子会しようね。
題『行かないでと、願ったのに』
寝袋に包まれてキャンプをしたいという密かに秘めた想いがアウトドアショップへと足を運ばせる。だが熊の影響か品揃えが悪く2人用のものしか売っていない。ふとトレッキングツアーのパンフレットが目に入る。そんな選択肢もあるのか。つくづく知識不足な初心者の妄想でしかなかったなと感じる。どの程度の費用がかかり、重量はどの程度になるのだろうか。少しづつ現実とのシンクロ率を上げていく。秘密の標本には悲しいくらい現実的なデータが蓄えられていく。夢を叶える為というよりもタスクをこなす為のもの。夢見る子供が現実に飲み込まれてしまったようだ。サンタさんが口元に指をたてて声を上げないようにジェスチャーしている姿が、家族の仮装であることを知ってしまったように。
夢から覚めて、現実の道のりは面倒だと感じてしまい、義務感による初志貫徹を目指すだけの作業になってしまった。それでも挑戦すれば何かしらの経験は得られるため、やがて動きだすだろう。
それが数年後にならないように"秘密の標本"というタイトルでメモ帳、というよりTo doリストに記しておく。
[必要なもの]
・寝袋
・トレッキングの知識
題『秘密の標本』
壊れた給湯ポットは1時間経っても沸騰を知らせるタイマーを鳴らさなかった。床下暖房は自分では弄らない。あまりに早く動かすと電気代が勿体無いと苦情がくる。他の人が起きてくるまで4時間程待たなければならない。風呂もそうだ。早すぎると文句を言われる。また入浴剤を極端に嫌う人がいるため、最後の皮脂汚れだらけのお湯に入ることになる。
それでも、その程度なら大したことはない。凍える朝、土砂降りの中でジョギングすることも嫌だが続けられる。マグロみたいに動き続けている内は平気だが、動きを止められると途端に精神的な苦しみに支配される。僕の場合、誰かが視界にいると活動停止してエラから空気を取り込めないような苦しみに苛まされる。それに対しておざなりな対応をされると更に苦しくなる。
僕にとって凍える朝は、辛さでいうならランク外だ。
題『凍える朝』