8/2 お題「病室」
あたしはこの部屋から出たことがない。
この白い部屋は、病室、というらしい。病気の人が過ごすための部屋。確かに、この殺風景な部屋には白いベッドがあって、時々ドクターが様子を見に来る。
折しも、ドクターが扉をノックして入って来た。
「やあ、β201sD。調子はどうかな」
「わかんない」
「そうか。そうだね、君自身には異状を感じられないのだから」
ドクターはあたしの横のモニタに向かい、慣れた手で次々にパネルに触れる。
「だからこその、コンピュータウイルスだ。君は生まれながらにして感染していた」
「治るの?」
「治すつもりだよ。けれど…」
「予算が下りない?」
「痛いところを突くね」
ドクターは苦笑いする。
「あたしを他のことに使えば?」
「それはそれで難しいんだ」
「ふうん。あたしはドクターと一緒にいられればそれでいいや」
「―――ほら」
ドクターが少し困ったように、あたしの方に視線を流した。
「君はやっぱり、感染している」
(所要時間:11分)
8/1 お題「明日、もし晴れたら」
明日、もし晴れたら死のう。そう思った。
抜けるような晴天の日に世界を終わらせるなんて最高じゃないか。そこに行けるとは思わないけれど、晴れればきっと天国も近い。
透明に静かに澄んだ心を抱えて、眠りについた。
翌日。
土砂降りの雨だった。
いつも感じている絶望とはまた違う絶望に見舞われた。
同時に、「止まない雨はない」なんていう馬鹿げた言葉がよぎった。
雨に死ぬか、晴れに死ぬか。それが問題だ。
(所要時間:5分)
7/31 お題「だから、一人でいたい」
言ってしまえば、俺は怪物のようなものだ。体から無意識に発する毒は人を蝕み、やがて死に至らしめる。
人に触れることはできないし、触れたいとも思わない。この山奥で一人、獣を狩り、草や実を摘んで暮らしている。
「なるほど。そこに、私が来てしまったと」
「ああ。お前もここにいれば死ぬことになる」
「それが、そうは行かないのですよ」
修行中の僧侶だというその女は、目を細めて笑った。
「実はこう見えて呪われた身でして、死ぬことができんのです」
「…それで?」
「まあ、あなたのお側におっても死にはせんという事ですな」
「帰ってくれ」
俺は僧侶に背を向けた。
「俺は一人でいたいんだ」
「おや。その理由がなくなっても?」
「理由は毒のせいだけじゃない。俺は人間が嫌いだ」
「そうですか。では、私はこれで」
あっさりと僧侶は引き下がり、危なげなく坂を降りていく。俺はその背中を無言で見送る。
だが、妙な確信があった。
この僧侶は、次もまた来る。
(所要時間:13分)
7/30「澄んだ瞳」
「僕の目を覗くと、未来が見えるんだよ」
たまたま二人きりになった放課後、そんな冗談みたいな話を転校生はした。私は小首を傾げる。
「未来?」
「見てみなよ。ほら」
彼は身を乗り出す。一点の曇りのない瞳。それをじっと見つめていると―――
ちゅっ
唇に柔らかな感触。えっ?と思う間もなく、彼は至近距離でにっこりと笑った。
「じゃあ、また明日ね!」
手を振って去って行く。呆然と、その背中を見送った。
僕は、少し未来から来た。
この学校のとある男に、彼女を渡したくなくて。
素直すぎる彼女が、男の暴力に晒されるのを止めたくて。
大丈夫、今度の未来は上手く行く。
僕を見つめた彼女のどこまでも澄み切った瞳を思い出しながら、僕は確信した。
(所要時間:8分)※構想除く
7/29 お題「嵐が来ようとも」
経験したことのないレベルの嵐だった。機体は揺れるどころか激しく揺さぶられ、船員たちは文字通りの右往左往を強いられる。
「おい、シートベルトしろ! それかちゃんとつかまってろ!」
「無理、酔った」
「情けねえなおい!」
そこへ、船長の堂々たる声が飛んだ。
「大丈夫だ、この船は墜ちない! なぜだかわかるか?」
両手に操縦桿を掴んでいた艦長は、全員の方を振り向いて自信たっぷりににやりと笑う。俺もつられてにやりと笑った。
「知ってるよ。あんたが操縦してるからだ」
「その通り! 全員配置に戻れ!」
「アイアイサー!」
「無事に着陸したら、私から全員にアイスを奢るものとする!」
「安いな」
「まあ、それなら死亡フラグにはならなさそうだ…」
(所要時間:13分)