7/3 お題「この道の先に」
林のすぐ近くに、小さな村があると聞いた。もう夕刻だ、できるなら一晩の宿を求めたい。
林を抜ける道を教えてくれた少年は、理知的な話しぶりをしていた。さぞかし賢い子なのだろう。
ふと、懐に手をやった時、財布がない事に気づいた。さては落としたかと、元来た道を辿る。案の定、草むらに落ちていた。拾って懐に戻す。
さて、と振り返ると、林の中にあったはずの細い道は消えていた。これは面妖な、とあたりを見回すも、村があるであろう方向には明かりのひとつもない。
狐につままれたような、とはこの事だろうか。ともあれ元の道に戻らぬことには、旅を続ける事もできない。どうしたものかと思っていると、
「おじさん、迷子かい?」
声をかけてきたのは、今度はおかっぱ頭の幼い娘だった。
「この道の先に、神社があるよ。ひとつ、お祓いしていきなよ」
狐が憑いてるよ。娘は、にいっと笑った。
(所要時間:17分)
7/2 お題「日差し」
春のうららかな日を浴びて。
夏のじりつく日を浴びて。
秋の傾く日を浴びて。
わたしたちはのびのびと育ち、やがて刈られます。
そして穂をしごかれ、籾を剥かれ。
水で炊かれて、彼らの口に入り。
彼らの力の源となって。
そして彼らは、次の世代のわたしたちの籾を蒔くのです。
不思議なものでしょう?
太陽は、その営みのすべてを見守っているのです。
不思議なものでしょう?
(所要時間:5分)※構想除く
7/1 お題「窓越しに見えるのは」
窓に映る顔が、こちらを見つめている。きりりとした眉、眼尻の垂れた目、少し上を向いた鼻に、薄い唇。俺だ。
「お前は、何だ」
窓の向こうの俺が笑う。
『俺は、お前の分身。もうひとりのお前』
「そんな事を聞いてるんじゃない。お前は、何だ」
『俺は、お前の心の闇。密かなる欲望、抗いがたき衝動、俺はお前のすべてを知っている』
「ならば問う。お前の奥底には―――」
「佑希! 佐希! 何してんの、そろそろ出かけるよー!」
「「やべっ」」
いつもの遊びを切り上げて、双子の兄は庭から、弟は真っ直ぐに玄関に向かった。
(所要時間:9分)※構想除く
6/30 お題「赤い糸」
朝起きると、赤い糸が見えた。左手の小指から始まり、ふわりとどこかへ続いている。
辿れば運命の人に会えるのだろうか。そう思いはしたが、結局辿らなかった。結局、というのは、その糸はある日を境に消えてしまったからだ。
運命の人はいなくなってしまったのか。事故にでも遭ってこの世を去ってしまったのだろうか。あるいは、運命が切り替わって新たな人と結ばれたのだろうか。
時々、小指を確かめる。あの赤い糸がどこへ行ったのかを思う。
もしも、再び糸が現れる事があったなら、その時は辿ってみようと思う。
(所要時間:6分)※構想除く
6/29 お題「入道雲」
「口惜しいですね」
寝台に置いた大きなクッションに背をもたせかけ、侯爵は呟いた。
「このような生命溢れる季節に、世界から消え逝くというのは」
独り言だったのかも知れない。だが私の耳はそれを聞いた。
あの雲を見るたびに、思い出す。彼が成し得なかった、民を守るための改革。
けれどあの雲が降らす雨は毎年、干ばつに見舞われがちなこの大地を潤してくれる。
彼は見守っているのだろう。あの雲の上、慈悲に満ちた眼差しで、民とこの国の行く末を。
(所要時間:8分)
6/28 お題「夏」
「あづぅ……あづいよぉ……あぢい〜……」
「暑い暑い言ってるから暑いんだろ」
「だってあぢぃよぉ…」
「夏だからな」
「あぢ……あづぅ……」
「心頭滅却しろ」
「むり」
「諦め早っ。じゃああれだ、夏に負けない歌を歌え」
「なつにまけないうた…」
「♪夏夏夏夏ココーナッツ」
「ふっる」
「むしろよく知ってたな」
「もうちょっと最近のない?」
「夏…夏…… ♪ナーートゥナートゥナートゥナートゥナートゥナートゥ」
「やめれ暑苦しい」
(所要時間:8分)