6/27 お題「ここではないどこか」
絶望しかなかった。息をするのさえ辛かった。
世界が俺を押し潰そうとしている。俺の居場所などありはしない。「止まない雨はない」など、信じる気にもなれなかった。
俺に明日など来ない。今日で何もかも終わらせる。
ここでなければどこでもいい。地獄だって構わない。叩きつけるような土砂降りの中、俺はビルの屋上から跳んだ。
こうして俺は―――
「婚約破棄された元ブラック企業のリーマンが転生したらカジノのバニーガールで勇者様に同行を命じられた件」の主人公となる。
(所要時間:7分)
6/26 お題「君と最後に会った日」
君は5つ上の少女で、あの日蛇神様の生贄として捧げられた。
君を追いかけ、大人たちに押さえ付けられ、必死で大声を出す僕を、君がちらりと振り返ったのを今でも覚えている。
そして、今。
「迎えに来たよ、テルヒ」
あの時と変わらぬ姿の君が、僕に向かって手を差し伸べる。炎に包まれた村を背景に、巨大な大蛇に跨り、煌々と瞳を光らせて。
「村はもう終わりだ。でも君だけは助けてあげる。友達だから」
僕は、その手を―――
(所要時間:8分)※構想除く
6/25 お題「繊細な花」
伝説がある。
滝の洞窟奥の精霊に、とある花を捧げれば、ひとつだけ願いが叶うという。
霜の華。その名の通り、人がひとたび触れれば溶けて消えてしまう。その花自体もまた、伝説だ。
「そんな話が残っているんですね、この時代に」
「ああ。誰も信じちゃいないがな」
マイナス170℃に耐えうる特殊スーツに身を包み、いかなる温度の物も32時間保存する容器をぶら下げて、二人は吹雪の雪原を歩いていた。
「それで、どんな願い事をするつもりなんですか?」
「プロポーズさ」
「え?」
「こんな男の話を信じてここまでついて来てくれた女に、その花でとっておきのプロポーズだ。見つけたらの話だがな」
愉快げに男は笑う。女は丸くしていた目を優しく細めた。
「では、何があっても見つけなくてはいけませんね」
(所要時間:15分)
6/24 お題「1年後」
隣のお兄ちゃんは、高校1年生。
私は、中学3年生。去年は中学1年生だった。
「えっ? なみ、いきなり3年になるの?」
飛び級制度。私の学校にはそれがある。
「へっへ〜ん。うかうかしてたら追いついちゃうよ」
「まいったなぁ。追い抜かれちゃうかも」
そう言って頭を掻くお兄ちゃんは、ぽやぽやしていて色々心配。でも、追い抜く気はないから大丈夫だよ。
次の目標は1年後。同じ高校に受かること。そしてまた、もう1年後には―――絶対に追いついてやるんだから。
(所要時間:8分)
6/23 お題「子供の頃は」
老人は、深い溜息をひとつついた。
「わしが子供の頃は、こうではなかった」
遥かな昔に思いを馳せるように、目を細めて遠くの空を眺める。
「あのダイヤモンドタワーがあったあたりはまだ山脈で、川ももっと向こうの急な土地を流れておった。郊外には森があってまだ古代樹が生えておったし、都心のアルティメットビルのあたりは岩場で、言葉を話すフタマタオトカゲがた〜くさん棲んでおった」
「またヨタ爺さんの昔話か」
子どもを連れ戻しに来た父親が、呆れたように腕を組む。
「程々にしてくれよ。子どもたちが信じたらどうすんだ」
「ヨタじいちゃんはウソつきじゃないよ」
「ほら見ろ、最年長のカイですらこうだ」
子どもたちに囲まれた老人は、困ったように眉を下げて笑った。
「すまんな。子どもたちよ、今日の話は終わりじゃ。またな」
父親に手を引かれた少女を先頭に、子どもたちは振り返り、手を振りながら、休息用のドームを出て行く。
一人残された老人の懐から、小さな生き物が顔を出す。
「まあ、子供の頃は、ウソみたいな夢を見るのも悪くないよね」
「失敬な。お前さんは事実を知っとるじゃろ」
老人はしわしわの指で、四百歳を超えるフタマタオトカゲの額を小突いた。
(所要時間:32分)