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6/23 お題「子供の頃は」

 老人は、深い溜息をひとつついた。
「わしが子供の頃は、こうではなかった」
 遥かな昔に思いを馳せるように、目を細めて遠くの空を眺める。
「あのダイヤモンドタワーがあったあたりはまだ山脈で、川ももっと向こうの急な土地を流れておった。郊外には森があってまだ古代樹が生えておったし、都心のアルティメットビルのあたりは岩場で、言葉を話すフタマタオトカゲがた〜くさん棲んでおった」
「またヨタ爺さんの昔話か」
 子どもを連れ戻しに来た父親が、呆れたように腕を組む。
「程々にしてくれよ。子どもたちが信じたらどうすんだ」
「ヨタじいちゃんはウソつきじゃないよ」
「ほら見ろ、最年長のカイですらこうだ」
 子どもたちに囲まれた老人は、困ったように眉を下げて笑った。
「すまんな。子どもたちよ、今日の話は終わりじゃ。またな」
 父親に手を引かれた少女を先頭に、子どもたちは振り返り、手を振りながら、休息用のドームを出て行く。
 一人残された老人の懐から、小さな生き物が顔を出す。
「まあ、子供の頃は、ウソみたいな夢を見るのも悪くないよね」
「失敬な。お前さんは事実を知っとるじゃろ」
 老人はしわしわの指で、四百歳を超えるフタマタオトカゲの額を小突いた。


(所要時間:32分)

6/23/2023, 11:23:05 AM