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6/7/2023, 10:53:12 AM

6/7 お題「世界の終わりに君と」

 世界は速やかに崩壊に向かっていた。人間たちを守護する神が、魔神たちに敗れたのだ。
 私はその時、地下深くの竜の巣で、親竜の帰りを待つ小竜と共にいた。地鳴りに怯える小竜の背を撫でる手が、少しずつ、粉塵のように空気に溶け出していく。
 キュウン、と細い声で小竜が鳴いた。
「大丈夫。君は、消えたりしない」
 もう一度、キュウンと鳴き声。真っ直ぐに見つめてくる瞳に、私は心からの笑みを浮かべた。
「大丈夫。人間のいない、君たちだけの平和な世界がやって来る」
 竜を守る私は「異端」だったけれど、それでも人間である事からは逃れられない。人間の世界と共に消え去るさだめだ。
「最後に君といられてよかった」
 両腕を広げて抱きしめる。
 その時、私の頭の中に声が響いた。
 ―――さいご に、
 私は目を見張る。この小竜は、まだ己の意思を語り始めるには幼すぎるはずだ。
 ―――きみ と
 バサリと力強い羽音が聞こえた。見上げる。親竜が神々との戦いから帰ってきたのだ。
 ―――いら れ て
 親竜の力を借りて語っている。私はそう直感した。
 小竜が私の頬に口先をすり寄せる。
 ―――よかっ た
「ああ……」
 涙があふれた。もう一度抱きしめようとした手はもはや塵と消え、次の瞬間、私は最後の涙のひとしずくまで、この世界から失われた。

(所要時間:25分)

6/6/2023, 1:14:47 PM

6/6 お題「最悪」

 狙いを定め、ゆっくりと、弓を引く。
 失敗は許されない。何としても僕は、この状況から脱しなくちゃいけない。
 標的はこちらに背を向けている。今しかない。矢を―――放つ!
「あ、靴紐」
「え」
 矢を放ったのと、標的が屈んだのは同時だった。一直線に飛んだ矢は、標的の頭の上を通り過ぎ、標的の標的になるはずだった女性の脇をかすめて、道路を横切ったおばちゃんの頭に突き刺さった。
「あらぁ?」
 矢の刺さったあたりに手をやりながら、おばちゃんは辺りを見回す。そして標的を見つけた。
「あら〜、ユタカくんじゃない。どうしたの? え、靴紐? あらあら、おばちゃんが結んであげるわ〜。他に何かしてほしいことある?」
 怒涛の勢いで標的に迫るおばちゃん。僕は小さな翼をばたつかせながら、肩をがっくりと落とした。 
 あーあ。連続失敗記録、更新。

(所要時間:13分)※構想除く

6/5/2023, 11:40:58 AM

6/5 お題「誰にも言えない秘密」

 誰にも言えない。言ってはいけない。
 私は―――上場企業K社の代表取締役であるこの私は、C41星雲から来た、いわゆる宇宙人なのだ。
 この事は決してバレてはいけない。もし正体が露見してしまえば、その影響は本社・支社の従業員、その他業務に携わる人々、3万人以上にも及ぶ。彼らの生活を守るためにも、決して尻尾を出してはならない。
 今日の株主総会も乗り切った。安堵の溜息と共に、一日が終わる。明日はテレビCMの撮影だ。また気を引き締めなければ。

 株主総会が終わり、帰り支度をする人々の中、僕は隣の先輩に話しかけた。
「あの…、K社の代表取締役の人って、ちょっと変わった人なんですね」
「ん? いや、そんなことないと思うよ」
「だって、退場する時になんか尻尾みたいなのつけてるの見え」
「「「しーっ!!」」」
 周り中の人々が人差し指を立ててこっちを向く。
「あっ、はい…」
 僕は何か、こう、察した。

「おっ、K社のCM新しくなったんだ?」
「あ、うちゅうじんのしゃちょーさん」
「しーっ!!」

(所要時間:15分)※構想除く

6/4/2023, 11:15:05 AM

6/4 お題「狭い部屋」

「えっ?」
「ん? え? マキ?」
「あれ? け〜ちゃんとゆっこ?」
「何だここは」
「いや何っていうか、狭すぎん? ぎっちぎちじゃん」
「あ〜、ゆっこ暴れないでよぉ、苦しい〜」
「何でこんなとこにうちら閉じ込められてんの? 何? 何かしないと出られないやつ? セ部屋?」
「いや女子3人でセ部屋はおかしい」
「せへや??」
「マキは今だけ耳聞こえなくなっといて」
「そもそもこの狭さでセッするのはありえない」
「その前にうちらみんな女子じゃん!」
「となるとまずセの定義からだ」
「あのねケイ、今そこ大真面目に議論してる場合じゃないんだわ」
「出られそう〜?」
「わからん」
「いやもう夢オチ祈るしかないかもね!」

「っていう夢を見て〜」
「夢の中でもさすが私だ」
「マキ。夢の内容はとやかく言わないけど、他の人には黙っときなさいよ?」

(所要時間:13分)

6/3/2023, 11:06:26 AM

6/3 お題「失恋」

 鍵はいつも通り開いていた。遠慮なくドアを開け、靴を脱ぎ捨てて上がる。
「よーう」
 ビールとつまみの入った袋を掲げる。ヤツはこっちに背を向けたまま、いまだ片付けられていないコタツ布団にうずもれていた。恨みがましい声が迎えてくれる。
「何しに来た」
「傷心の親友を祝いに来た」
「帰れ」
「まあまあ」
 コタツに足を突っ込む。ヤツの腰あたりを蹴っ飛ばしたが気にしない。ビニール袋からビール缶を探り当てる。
「恋に落ちる、恋を患う、恋い焦がれる、恋を失う」
 プルタブを引く。プシュッ、というこの音が最高に気持ちいい。
「失っても失ってもまた落ちて患って焦がれてまた失う、か。懲りないねえ、人間ってのは」
「無駄に主語をでかくするな」
「いやいや、永遠の真理でしょ」
 ごくごくと喉を鳴らしてビールを飲む音に、ヤツは体をごろりと寝返らせた。目が真っ赤に腫れている。
「だったらお前もいっぺん振られて来い」
「オレはまあ、失恋より無恋?」
「永遠の真理はどこ行った」
「放浪の旅」
 もう一本の缶を取り出し、腫れた目に押し付ける。
「冷たっ」
「失いたくないから保ちたい距離ってのもあるんだよ」
「何だ突然」
「いやぁ、ビールうめえなぁ〜!」
「あのな…」
 ツッコミを入れる気力もないらしい。何もかも馬鹿らしくなったのか、ヤツは右の口角を引っ張り上げる。
 ああ、やっと笑った。
 恋だの愛だの、振り回されるのは性に合わない。面倒だからこのままがいい。これからも散々振り回してやるさ。

(所要時間:31分)

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