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6/3 お題「失恋」

 鍵はいつも通り開いていた。遠慮なくドアを開け、靴を脱ぎ捨てて上がる。
「よーう」
 ビールとつまみの入った袋を掲げる。ヤツはこっちに背を向けたまま、いまだ片付けられていないコタツ布団にうずもれていた。恨みがましい声が迎えてくれる。
「何しに来た」
「傷心の親友を祝いに来た」
「帰れ」
「まあまあ」
 コタツに足を突っ込む。ヤツの腰あたりを蹴っ飛ばしたが気にしない。ビニール袋からビール缶を探り当てる。
「恋に落ちる、恋を患う、恋い焦がれる、恋を失う」
 プルタブを引く。プシュッ、というこの音が最高に気持ちいい。
「失っても失ってもまた落ちて患って焦がれてまた失う、か。懲りないねえ、人間ってのは」
「無駄に主語をでかくするな」
「いやいや、永遠の真理でしょ」
 ごくごくと喉を鳴らしてビールを飲む音に、ヤツは体をごろりと寝返らせた。目が真っ赤に腫れている。
「だったらお前もいっぺん振られて来い」
「オレはまあ、失恋より無恋?」
「永遠の真理はどこ行った」
「放浪の旅」
 もう一本の缶を取り出し、腫れた目に押し付ける。
「冷たっ」
「失いたくないから保ちたい距離ってのもあるんだよ」
「何だ突然」
「いやぁ、ビールうめえなぁ〜!」
「あのな…」
 ツッコミを入れる気力もないらしい。何もかも馬鹿らしくなったのか、ヤツは右の口角を引っ張り上げる。
 ああ、やっと笑った。
 恋だの愛だの、振り回されるのは性に合わない。面倒だからこのままがいい。これからも散々振り回してやるさ。

(所要時間:31分)

6/3/2023, 11:06:26 AM