悪魔執事と黒い猫 二次創作
『終わらせないで』
主様と過ごす時間は、春の朝に見る温かな夢のようだ。
「本日の紅茶は林檎とバニラのフレーバードティーをご用意しました」
ふとした拍子にシャボン玉が弾けるように醒めてしまうことを知っているから、気が付いていない振りをしてその幸福に浸る。
「パウンドケーキもご一緒にいかがですか?」
浮き上がってしまわないよう、そっと海の底を蹴って歩くように。
「こんなに素敵な主様にお仕えすることができるなんて、私は幸せですね」
夢を夢だと自覚しなければ、それは現実と変わらないから。あともう少しだけ、知らない振りをさせていて。
「この後はお散歩はいかがでしょう。庭の千日紅が見頃ですよ」
だからどうか……
「悪魔執事と黒い猫」二次創作
題名『未定』
「お父さんは、海の向こうへ行ったんだって」
パラソルの下、並んで海を眺めていた主様が呟いた。
「ひいおばあちゃんも、お隣のクッキーも。昔、お母さんが教えてくれた」
東の大地の一部の地域に、そのような言い伝えがあると耳にしたことがある。
「帰ってこないくらい、良いところなのかな」
ねえ、知ってる?と戯れを口にする主様の瞳は潤んで見えた。
「……私が旅をしたのは、大陸の中だけですから」
僅かな逡巡の後、そう返せば
「そっかぁ」
と笑って、ストローに口を付けた。
パレスの面々のはしゃぐ声が遠くに聞こえる。
「それなら、いつか行ったときは、どんな場所だったかルカスにも話さなくちゃ」
「お待ちしております。この海で、ずっと」
私の手を取った主様に小指を絡められ、されるがまま軽く揺らされる。
子供じみた誓いは、波の音に攫われ溶けていった。
『悪魔執事と黒い猫』二次創作
題名:恋に酔う
ルカスと共に女神の神殿から戻った私は、宿の主人が貸してくれた花瓶に、先程彼から受け取った花束を生けた。
パレスまで持って帰ることは難しいだろうけれど、せめて少しでも長く彼との思い出を留めておきたかった。
花瓶の中、幾分か元気を取り戻したように見える花に顔をそっと近づければ、誘うようにふわりと甘く香る。
そうしていると、一つ一つの花が存外繊細な姿をしていることに気が付いた。
そういえば、艶やかに咲き誇る大きな藤棚を見たことはあったけれど、こんなに近くでまじまじと眺めたことはなかったように思う。
皆を魅了する滝のような優麗な姿と、近づき触れなければ知り得なかった繊細な美しさ。それはどこか彼を思わせた。
「酔わされたかもなぁ」
彼の瞳の色をした指輪をそっと撫で、綺麗にメイクされたシーツの海にぽすりと身を預けた。