──ぜんぶ終わりにしよう。
あなたは弾かれたようにこちらを振り返る。
なぁに、変な顔して。別に爆発音がした訳でもあるまいし。
「なんで、突然そんなこと、」
わなわな忙しない口許が紡ぐ言葉はぐわんと揺れて、なんだか頼りない印象を受けた。普段とはまったく違う姿を見てもちっとも動かない心臓にそっと手を当てる。大丈夫、それでいいと安心させるみたいに、手のひらの熱を分け与える。
なんでもなにも、先に火蓋を切ったのは貴女のほうだ。
「分かったんだ。僕らが釣り合ってないこと」
「そんな訳! 私と君が釣り合わないだなんて有り得ない話さ。いったい誰に吹き込まれて──」
「それ」
言葉を遮るように指をさす。
あなたはいつもそうだった。いつもいつも、僕とあなたの意見が食い違うたび、僕が誰かに唆されたのだと言って、僕自身の考えだとは思ってくれない。あなたの言葉と僕の言葉がまったく同じだと信じて疑わない。
集団をまとめる力であるそれは、僕にとっては、僕とあなたを縛り付ける枷でしかなかった。
「言ってくれれば改めたのに……」
「言ったよ。何度も、何度も、僕の意見だって。それでもあなたは信じてくれなかったじゃないか」
皆をまとめ率いていくあなたの背中に憧れて、その眩しさにいつからか惹かれていって。まさかこちらを見てくれているなんて思わず、ただあなたを見つめていた。
はじめて目が合った瞬間を覚えてる?
僕は、輝かんばかりの瞳に目を奪われて、嗚呼やはり僕はこの気持ちから逃げられないんだ。と腹をくくったからよく覚えている。
あの時、あなたが僕に言った言葉を覚えてる?
あなたは僕に「私を見つめる君の瞳を見ていた」と言った。「私を信じる君を、私も信じよう」と。そんなあなただから、僕も報いたいと思ったんだ。
だけど、実際はどうだろう。
ねえ、少しでも僕を信じてくれた瞬間はあった? そんなに信じられなかった? ねえ、
「僕は、そんなに頼りない……?」
あなたは此処ではじめて目を見開いた。違うと、そういうつもりじゃなかったのだと訴える。
その姿に顔を背ける。背けてしまった。もう取り返しがつかないのだ、僕らは。
だから僕は、あの時と同じように腹をくくる。
「だから、ね」
身勝手だと分かっていても、終わりにしたいと思ったんだよ。
▶終わりにしよう #74
好きなことと、やりたいことが合致したら
ほんのすこしだけ生きやすくなる。
好きなものと、食べたいものが合致したら
ほんのすこしだけ楽しくなる。
好きな人と、そばに居てほしい人が合致したら
ほんのすこしだけ胸のあたりが軽くなる。
そうして、少しずつ『ほんのすこし』が集まって
ひとは成長していくんだろう。
だけど、嬉しくない『ほんのすこし』も
やっぱりほんのすこしあって
もしかしたら、いまこの瞬間も
誰かのことを傷つけているのかもしれない。
嬉しいも、嬉しくないも
どれも大切なことだなんて軽々しく口にすれば
きっと「綺麗事だ」と怒られてしまうけれど
それでも叫びつづける人がいる。
綺麗事でも構わないじゃない、って。
ぼくらは決して弱くはなくて
だけど決して強くもない。
だから、自分自身ともうまく折り合いをつけて
どうにかこうにかやっていかなくちゃいけない。
ぼくらは決して強くはなくて
だけど決して弱くもない。
滅多に動かない人も、動いてみたらよく動けたり
実はやり方がわからないだけな人も少なくないから
まずは動いてみませんか、って
優しく声を掛けられたことがある。
まずはやりたいことを探しましょ。
ぼくといっしょに探しましょ。
ぼくとじゃなくてもいいし
ひとりで探してもいい。
動かすのは指先だけでもいいし
心のどこか一部分だけでもいい。
ほんとうは動いていなくても構わない。
だから
無理のない範囲で、どうか動かそうと
自分自身にあがいてみませんか。
そう声を掛けられたことはありませんか。本当に。
▶やりたいこと #73
Q 貴方は愛があれば何でもできると思いますか?
A 思いません。
Q どうしてですか?
A どうしても何も、できないものはできないんですよ。余程大きな力や意志を持った人なら兎も角、大抵は難しい。事実に理由はありません。
Q なるほど。では、貴方自身はどうですか?
A ? どういう意味でしょう。
Q 貴方は先程「大抵は難しい」と仰いましたが、同時に例外があるような発言をなさいました。では貴方自身はどうなのだろう、という趣旨の質問です。
これは私個人の興味ですのでお答え下さらなくとも構いません。勿論記事にも書きませんのでご安心下さい。
A なるほど、ご丁寧にありがとう。そうですね……うん。私も難しいと思います。
Q 理由を伺っても?
A ええ。私は───────
▶愛があれば何でもできる? #72
目の前の顔はぽかんとおおきく口を開けた。
いったい何を考えているのかよく分からない濁った瞳とわずかに尖った輪郭線、感情も厚さもうすい唇、血色が良いとは表し難いしろい顔。目下に鎮座する隈を見るに重度の寝不足らしい。
それをじいっと見つめて、ふ。と、己が今いる場所を思い出す。
ここは───そう、自宅の脱衣場。
あれ。じゃあ、だれ?
刹那的乖離のち暗転。
その間は、実にたったの三秒にも満たないものであったのである。
▶刹那 #71
あんたが手に入るんなら、その他は何もいらない。