キラキラしたシャンデリアなんか必要ない。
星空のほうがもっとずっと素敵だわ。
きれいで豪奢なドレスなんか必要ない。
それじゃあ自由に踊れないでしょ?
かっこよく着飾ったおとこの人なんか必要ない。
私にはもう、かっこいいヒーローがいるもの。
ねえ、英雄さん。
私といっしょに踊りませんか?
▶踊りませんか? #24
ピーッ、ピーッ、ピーッ。「誰か先生呼んで!」「手術室の手配出来た!?」「はいっ、あと数分で──」
幾度聴いたともしれぬ騒音が鼓膜を貫く。
ベッドサイドモニタのアラーム音。怒鳴りにも近い、看護師たちの緊迫した声。その中心で、沈黙を貫くひとりの少女。ああ、耳が痛い。
少しして、白衣を身にまとった男性医が訪れる。心なしか早足だった。
「患者の容態は?」
「心臓が止まってから四分です! 未だに心拍、意識ともに戻りません!」
「手術室の手配は?」
「あっ、空きました! C室いけます!」
患者の少女──私の娘を乗せたストレッチャーが、ガラガラと音を立てて目の前の扉へと吸い込まれ、そして閉じられた。
私は、両手と瞼にぎゅうと力を込める。
嫌な汗が背中を伝うのも、胃のあたりに鈍い痛みが走るのも無視して、ただ一心不乱に願う。
もしも、この世に神様とかいうものが本当にいるなら、どうか聞き届けて欲しい。
もう一度、あと一度だけでいい。
あの子を救ってくれ。
かつて余命宣告された幼少の私が救われたように、あの奇跡をあの子にも与えてください。
▶奇跡をもう一度 #23
たそがれ。それは赭。
まるで血の海に飛び込んだみたいな空の色。
たそがれ。それはきみ。
真暗な常闇がこころを摘まみ潰そうとするたびに掬い上げてくれる人の身にまとう布の色。
たそがれ。それは荷物。
あなたの背負うおおきなリュックであり、あなたを地に付かすためにある、うつくしい重し。
わたしとあなたをつなぐ唯一の色。
▶たそがれ #22
ある日、君は記憶障害に陥った。
記憶を司る前頭葉に異常が見つかり、以降、君は記憶を翌日まで持ち越すのが難しくなったのだ。
どんなに楽しいことがあっても、悲しいことがあっても。次の日になれば記憶から消えている。
きっと明日も、義親も、友人も、恋人も、今日あった出来事もキレイサッパリ忘れてしまっているだろう。このまま悪化の一途を辿れば、自分が誰なのかですらあやふやになるかもしれない。
だからこそ、ぼくは君にもっとより素敵な日々を提供できたらと思う。
日常に見え隠れする、ほんのささやかな優しいものを。終わってしまうのが悔しくて、どうしようもなく切なくなるものを。
──そんな日々を、君にプレゼントしたい。
ぼくが君を忘れるその日まで。
君にぼくの記憶を移植する、その日まで。
▶きっと明日も #21
十五夜の夜にあなたと見た満月を、ずっと忘れられずにいる。
外だと蚊に刺されてしまうと言って、外に出たがらなかったあなた。仕方なしに、ベランダ沿いの部屋から窓の外を見上げていたね。
お互いなにも話さずにそうしていたから、翌朝には首を痛めてしまっていたっけ。
物思いに耽って、あっ、と不意に声をあげる。
そういえば、あの時食べた草饅頭美味しかったな。今夜も準備しておけばよかった。
──あの饅頭も、驚いたあなたの瞳も、この月みたいに真ん丸だった。
こんなに厳かな雰囲気は持ち合わせちゃいなかったけどね。
それから、あなたの隣で眺めた月は、これの何十倍も、何百倍も色鮮やかに輝いていたような気もする。
うーん、私の記憶力もずいぶんと衰えたものだ。
「……………ああ、」
逢いたいなぁ。あなたに。
▶静寂に包まれた部屋 #20