「夢と現実」
夢と現実は区別するのが難しい。
現実世界にいる時は絶対にありえない事も、夢の世界では有り得る事になる。
午後8時、疲れきった体をベッドに投げる。
髪が崩れる事なんてお構い無しにグリグリと顔をベッドに擦り付けてから、目元まで布団をかける。
これが、彼と出会うまでのいつものルーティンだ。
目を閉じてしまえば、簡単に意識は飛んでしまう。
彼女は刻刻と眠りに落ちた。
アラームの音で目が覚める。
おはよう、と隣から声がかかった。
「おはよう!椿くん」
「椿」それが彼の名前だ。
「あぁ、おはよう。もうご飯は作ってあるから一緒に食べようか。」
「うん!」
落ち着いていて、いつも冷静。穏やかな彼に私はいつしか恋をしていた。
ズキッと頭を殴られたような頭痛がする。
疲れてたのかな、そう思いながら寝室を出ていく彼の後をついて行った。
「君の好きな、鮭を焼いたから好きなだけ食べよう」
「本当?ありがとう」
私の好みもきちんと把握してくれている。
本当に幸せだ。
だが、そんな幸せも数時間経てば消えてしまう。
彼は必ず決まった時間に帰ってしまう。
寂しいが、彼の決めた事に抗う気は無い。
彼を見送った後にまた眠りについた。
そうすれば、また鬱陶しい仕事が始まる。
なんで夢なのにこんな仕事しなきゃいけないんだ。
心の中で愚痴を吐く。
また眠りに落ちる。彼に会う。
ぎゅっと抱き締めながら彼は言った。
「早く堕ちちゃえばいいのに。」
もう僕がいる方が現実でしょ?
夢と現実。もうどちらが現実かなんて彼女には分からない。もう目覚めることの無い深い眠りへと堕ちていく彼女は幸せそうに笑っていた。
「微熱」
目が潤んで、喉が燃えるように熱い。
これから仕事だというのに、頭がぼーっとして、なかなかメイクが進まない。
時刻は午前7時40分。電車が出るのは午前8時だ。
コレは間に合いそうもない。特に大事な用事もない今日はこのままベッドに飛び込んでしまおうか。
一度甘い方に逃げて仕舞えば、もう簡単に軌道に戻ることはできない。
熱が有ると嘘を吐き、会社に休みの連絡を入れる。
はぁーっと、溜息をつく。
溜息を吐くと幸せが逃げていくとは言うが、ため息をつくと気持ちが楽になるのは私だけなのだろうか。
目を閉じて、毛布を頭までかける。
意識がだんだんと遠のいていき、眠りに落ちた。
また、あの男の子に会う。
眠りに落ちると、毎回出会う男の子。
優しく、微笑んで抱きしめてくれる彼に私は一瞬で恋に落ちた。
ずっと彼といたい。
私を認めてくれる。受け入れてくれる彼と。
現実では味わう事のできない幸せに満たされていく。
鏡に映る、赤く頬の染まった私。
また意識が遠のいて、頭が悲鳴を上げる。
あぁ、彼に堕ちていく。
これはきっと、ただの微熱だ。
そう思いながら、彼女は目覚める事のない深い眠りへと堕ちていく。
堕ちる。
「飛べない翼」
⚠️監禁表現あり。
苦手な方は自衛をお願い致します。
薄暗い部屋の中に座り込む。
何週間、いや何ヶ月が経っただろうか。
窓の光さえ入る事のないこの部屋に閉じ込められてから。こんなの、紛れもない監禁だ。
たった唯一の出口に向かおうとしても、私の足に鈍く光るそれがそれを拒む。
長さも調整されていて、丁度出口には届かない。
これさえ取れれば。
足首を締め付けるそれをガンガンと机に打ちつける。
高い強度を持つそれには傷ひとつ付いていない。
なんでよ、外れてよ!!
何度泣きながら願っても何も変わらない。
そんなことを繰り返していたある日のことだった。
カチャ
え?開いた!!
ずっと開かなかった、それが開いた。
外れた嬉しさを前に笑みが漏れる。何で外れたかなんて気にすることよりも先に体が動いた。
気が狂ってしまう前に早く、早く此処から。
そう思い、走ろうと足を着いた瞬間、体が前方に倒れた。手足に全く力が入らない。
もー、馬鹿だなぁ。
彼の呆れたような声が、部屋に響く。
何で、まだ昼間なのに。彼がいるの?
君さ、此処に何ヶ月居ると思ってんの?全く動いてなかった君が急に走れるわけないじゃん。
最初から仕組まれていた。私が逃げ出すと分かった上で足枷を外し、走らせた。もう、逃げられないとでも言うように。
さぁ、部屋に帰ろう。お姫様。
空を飛ぶための翼をもがれた、もう飛ぶ事のできない鳥はまた鳥籠の中へと戻っていった。
「一筋の光」
⚠️監禁表現有り
苦手な方は自衛をお願い致します。
薄暗い部屋の隅で蹲る。
窓も時計すらない部屋に閉じ込められた私は、為す術なく彼に与えられた物で暇を潰す。
もう時間感覚すらとっくに鈍ってしまった。
彼が帰ってくるまで暇を潰すこと、これがこの部屋で出来る唯一の仕事だ。
何故こうなったのだろう。
たった数ヶ月前まで私はごく普通の会社員だった筈だ。とびきり顔が良いわけでもスタイルが良いわけでも無い。どちらかと言えば人づきあいも苦手なただの女。
こんな私がなんでこんなことに…
はぁー、
「どうしたの?そんなため息ついて、」
明るい声で私に話しかけてくるのは、私を閉じ込めた張本人だ。部屋に入ってきたのにも気づかなかった。
「ねぇ、そろそろだんまり辞めてくんない?俺も寂しくてさ〜」
いつも通り無視を貫く私に、機嫌を悪くしたのか少し声を低くする彼。
早く出して下さい。
威圧感の有る彼を前に震える声で言葉を放つ。
「ちょーっと、無理な話だよね。それはさ」
折角捕まえた子を離すわけないじゃんと笑いながらいう彼は私にとっては狂気の沙汰でしかない。
「あっ、そういえば、明日から出張が入っちゃってさ。君を1人にするのは凄く心苦しいんだけど…」
と思い出したように、淡々と話を進める彼。
ご飯はここに作り置きがあるとか、困ったらここに電話してとか。
ひと通り話して満足したのか、ご飯取ってくるねと残し部屋を出ていった。
なんと素敵な話だろう。彼が居なくなるなんて絶好のチャンスなのだ。
どうやって脱出するかはもう決まっている。この家の鍵は毎回開け閉めしたあと、棚の上に置かれている。
彼は気づいてないと思っているのだろうが、私は知っているのだ。
翌日いつも通り仕事に出かけて行った彼を静かに見送る。
それから1時間ほど経っただろうか。
普段通り棚の上に置かれた鍵を取って、玄関に走った。
今日でこんな生活ともおさらばだ!
そう思いながら玄関の鍵穴に鍵を差し込んだ。
筈だった。
鍵を回す前に玄関の扉が開き出張に行った筈の彼が入ってくる。
逃げられると思ったの?逆に気付いてないと思った?
あぁ、
最初から仕組まれていた逃走劇。希望に満ちた一筋の光は、また薄暗い暗闇の中に消えていった。