よむこ

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2/9/2024, 7:11:35 AM

〈スマイル〉

全身で笑う、真夏の向日葵のような人だ。
あたたかさを通り越して、暑苦しいときすらある。
そして、その花が咲く季節の陽光のように、ジリジリ、ジリジリと。気がつけば、全身、彼への気持ちに焼けていた。

今は冬。
寒い寒いと身を縮こませながら、ふと思い立って深呼吸をしてみる。冷たく鋭い空気を肺にいっぱい吸い込み…そのなかに僅かなあたたかさを感じて首をかしげた。

「おはよ!」

突然後ろから声をかけられる。
振り向ると大きく手を振りながら、駆け寄ってくる人影。ああ、この人が近くにいたからか。可笑しくなって、息だけで少し笑ってから返事をした。


2/8/2024, 7:34:51 AM

〈どこにも書けないこと〉

どのくらいの時間、目の前の紙と格闘しているのだろう。
『進路調査票』と題名の付けられた紙。
クラス担任から受け取ったこれを明日までに提出しなければならない。正直、楽勝だと思っていた。卒業後に何をしたいか、とうの昔に決めていた。しかし、記入欄は空白のまま、もう1週間にもなる。
「何を今更…」
ふたたび、書き込もうと試みる。すると、双子の片割れの顔が思い浮かんで、そして、これまでずっとずっと同じ道を進んできた片割れと、ついに道を分かれるのかと思うと、『あいつ、泣くんちゃうか。』とか『なんや、変な感じするんよなあ。間違うてるんかな。』とか考え出してしまって、やっぱり書き出せないのだ。
「あかん…」
「何が、あかんのや。」
「…いや、何がって……え…ええっ?!」
声を掛けられたのには驚かず、その声の主を確認して思わず大きな声を出して、半分立ち上がり、その弾みに座っていた椅子が倒れる。
「うるさ。そんな驚くことないやろ。」
ふっ、と微かに笑いながら、一級上の彼が椅子を立てようとする素振りに気づき、慌てて自分で立て直した。
「す、すんません。や、だって…先輩おると思わんで…。今日、登校日でしたっけ。」
「いや、借りてた本あってな。来たら、なんや、図書室に珍しい奴がおるなあ、て。」
「はい…」
「ほんで、声掛けた。で、何があかんの?」
突然問われると何から説明すればよいのか分からなくなる。口ごもっていると、
「ああ。進路か。」
机に置かれている調査票を見つけられてしまった。
「迷っとるん?お前はもう、何か決めてるんやないの。」
「え?」
隣の椅子によいしょ、と先輩が腰掛けたのを見て、自分も椅子に落ち着く。
「俺な、高校出たら農家すんねん。」
「…え、そうなんすか?」
「おん。」
成績優秀な彼だ。大学に進むのだとばかり思っていた。進路を初めて聞いて驚きを隠せない。
「ずっとな、」
誰もいない目の前をじっと見つめて、
「ずっと前から、決めてんねん。」
静かに、しかし、その姿勢からは固い決意。
ふいにこちらに目だけ向け、
「お前は?」
と聞かれた。
これは挑発だ。決闘だ。今言わないでどうする、と心の内で自分が騒ぐ。
「…俺は…、俺は、メシの仕事がしたいんです。」
なんとか答えると、初めて口に出したせいか解放感とともにドッと疲労が押し寄せる。下を向いて、膝の上に置いた手を組んだり外したり握ったりしていると、ポンポンと、あやされるように背中を軽く叩かれた。
「お前はなあ、やさしいなあ。」
自分自身では微塵にも感じないことを言われ、訝しげな顔をして見遣ると、彼は今まで見たこともないような優しい笑みを浮かべていた。
「あいつ困らすとか、考えてんのやろ。自分が間違うてるんちゃうか、とか。」
図星過ぎて、

2/7/2024, 7:47:02 AM

〈時計の針〉

待つのって、どうしてこうも時間が長く感じるんだろうか。コチコチと音をたてて、1秒ずつ時を刻む見慣れた部室の壁掛け時計を睨み付ける。
「早く、来ねえかな…。」

春高の終了とともに、高校での部活動は幕を閉じた。と同時に、高校生活そのものがほぼ終わった。高校3年生の冬なんて受験のための日々で、授業なんて学びを深めるものは無い。月に1度か2度、卒業式についての連絡のために登校するくらいだ。特に自分は昨年のうちに推薦で進学先が決まっていたために、大学での練習が入学に先駆けて始まり、高校との縁の薄れ具合が周りの友人たちよりも早いのかもしれない。高校生活にあまり未練は無かった。しかし、特定の個人に対しては、かなり未練があった。だから、呼び出したのだ。卒業式後の部室に。まだ来ないけど。

部室のドアを見つめて、まだ来ない相手のことを考える。何を話そうか、考える。
昨夜、ああでも無いこうでも無いと、頭をフル回転して、何度も画面上でメッセージを打ち直して、やっと送信したのは
『式の後、部室に来て。』
というたった10文字程度の言葉だった。
程なくして、短い振動とともに
『わかりました。』
と相変わらず素っ気ない返事が返ってくる。
高校2年の春に出会ってから共闘した2年間、毎日毎日なんてこと無い言葉を交わし、メッセージを送りあっていたのに、呼び出す一言を伝えることにこんなにも緊張し、了解との返事を得ただけで嬉しくてドキドキして胸が苦しくなっている自分が滑稽で仕方がない。
相手は何の呼び出しなのか、おそらく分かっていない。この突然の告白に対してどんな反応があるかなんて、自分だって想像が付かなくて。

ガチャ

「お待たせしてすみません。」

相変わらず、相変わらずの落ち着いた顔。でも少し慌てた様子で、かわいいな、嬉しいなと思う。
「全然、大丈夫!」
「あの、何かありました?」
「あのさ…」

ねえ、お前はさ、俺のこの気持ちに対してどんなふうに返してくれる?