〈列車に乗って〉
会いたくなったら会いに行く、とは言ったものの、往復時間や様々な予定との調整など時間的に難しいのが実際。
でも、今回はちょっと、自力だけではどうにもならないくらいに気持ちが折れそうで、仕事帰りそのまま、最終列車に飛び乗った。
適当な席を見つけて座ってため息を1つ吐いてから、上着のポケットからスマホを取り出し、〈これから行きます。〉とだけメッセージを送る。
既読の表示はすぐに付かなかったが、もし気づいてもらえなくても、もう乗ってしまったのだからどうしようもない。相手の都合が合わなかったら、行き先駅近のホテルにでも1泊して、始発でこちらに帰ればいい。
平日夜の最終にも関わらず車内は意外と席が埋まっていて、車窓から流れる夜景をぼんやり見つめながら、他の乗客はどんな事情でこの列車に乗っているんだろうかと考えながら目蓋を閉じた。
〈遠くの街へ〉
就職先を大阪に決めた。
と言うよりも、入りたいチームが大阪にあった、とした方が正しいか。
いずれにせよ、新幹線で片道2時間半かかる。新生活への期待の一方で、これまでと同じように気軽には会えなくなる戸惑いは隠せない。しかも、入社式前に諸々準備が始まるわけで、3月半ばには生活の拠点を移す必要があった。
で、その引っ越し日が今日。
(スマホ1つで連絡は取れるけど、そういうことじゃねえんだよなあ…)
見送りに来た隣に歩く想い人をチラと見て、そんなことを思う。改札を抜けて、思わず手をぎゅうっと握ってしまった。いつもなら恥ずかしがってか嫌がるくせに、今日にかぎって優しく笑いながら、何も言わずに軽く握り返してくるから、余計にさびしくなる。
手を握ったままホームへ上がって発車時刻を確認したころに彼が口を開いた。
「大丈夫ですよ。」
「え?」
「大丈夫です。死別するわけじゃないですから。」
「………うん。」
「大好きを仕事ができるの、すごいと思います。」
「……うん。」
「試合も、広報も、全部ちゃんと見ます。感想も送るんで。」
「…うん。」
「会いたいときは、会いに行きますから。」
「うん…!」
真摯なまなざしで見つめられる。
「安心して、元気に、たくさん、点獲ってきてくださいね。」
折り返しの新幹線がホームに入ってきたようだったが、彼の声の他はまるで静寂で。その言葉を聞いて、一気に目前の道が開けた気持ちになる。
昔からこうして励まされてばかりだなと思い出して、懐かしく、ありがたく思いながら、改めてぎゅうっと手を握った。
「…ありがと。」
俺は今日、遠くの街へ行く。
夢を叶えるために。
もしかしたら、そのために我慢させてるかもしれない。でも、一生のつもりはないし、そもそも我慢とか犠牲とか考えるのは、最大の味方にとても失礼な話だ。応援を、そのままに受け止めて、前へ進もう。
少し視界がぼやけるし、鼻もツンとするけれど、気にせずに真っ直ぐと彼の目を見て、満面の笑みで返した。
〈現実逃避〉
踵を返して、
走って、走って、
息も整わない。
息苦しさに思わず瞼を閉じたら、今しがた目にして逃げ出してきた光景が鮮明に浮かび上がってきて、慌てて目を開けた。近くの壁にもたれかかって、空を見上げる。雲ひとつ無い青空。自分がとても惨めに感じて、鼻がツンとした。
片想い相手が誰かに告白されている現場になんて、どうして出くわしてしまったんだろう。
〈君は今〉
今、何をしてるんだろう。
ただ電話ひとつ、メールひとつすれば解決するだろうに、なんだか躊躇ってしまう。
同じ校舎に居た時は気にならなかったのに、実距離と比例して意識が大きくなる。スマホを握ったままポケットに手を突っ込んで、ふうっと息を吐いた。途端、
ムー、ムー、ムー…
手のひらに振動が響く。
画面を見れば、彼だった。迷わず通話ボタンを押す。
「あ!」
相変わらず元気な声が、耳を突き抜ける。
勢いもそのままに声は続いた。
「今、何してた?」
あなたのこと、考えてましたよ!
〈0からの〉
「じゃな。」
「はい、ではまた。」
自分たちは、遠距離恋愛というやつだ。
東京と大阪を往き来するの働く身にはなかなか大変で、1カ月会えないなんて当たり前。今回だって、2カ月半近く開けての逢瀬だった。しかし、開けた日にち分だけ長く一緒にいられるわけでもなく、金曜日の夜中にやっと会えたと喜びを噛み締めたのも束の間、日曜日の昼にはもうお別れしなければいけない。