〈遠くの街へ〉
就職先を大阪に決めた。
と言うよりも、入りたいチームが大阪にあった、とした方が正しいか。
いずれにせよ、新幹線で片道2時間半かかる。新生活への期待の一方で、これまでと同じように気軽には会えなくなる戸惑いは隠せない。しかも、入社式前に諸々準備が始まるわけで、3月半ばには生活の拠点を移す必要があった。
で、その引っ越し日が今日。
(スマホ1つで連絡は取れるけど、そういうことじゃねえんだよなあ…)
見送りに来た隣に歩く想い人をチラと見て、そんなことを思う。改札を抜けて、思わず手をぎゅうっと握ってしまった。いつもなら恥ずかしがってか嫌がるくせに、今日にかぎって優しく笑いながら、何も言わずに軽く握り返してくるから、余計にさびしくなる。
手を握ったままホームへ上がって発車時刻を確認したころに彼が口を開いた。
「大丈夫ですよ。」
「え?」
「大丈夫です。死別するわけじゃないですから。」
「………うん。」
「大好きを仕事ができるの、すごいと思います。」
「……うん。」
「試合も、広報も、全部ちゃんと見ます。感想も送るんで。」
「…うん。」
「会いたいときは、会いに行きますから。」
「うん…!」
真摯なまなざしで見つめられる。
「安心して、元気に、たくさん、点獲ってきてくださいね。」
折り返しの新幹線がホームに入ってきたようだったが、彼の声の他はまるで静寂で。その言葉を聞いて、一気に目前の道が開けた気持ちになる。
昔からこうして励まされてばかりだなと思い出して、懐かしく、ありがたく思いながら、改めてぎゅうっと手を握った。
「…ありがと。」
俺は今日、遠くの街へ行く。
夢を叶えるために。
もしかしたら、そのために我慢させてるかもしれない。でも、一生のつもりはないし、そもそも我慢とか犠牲とか考えるのは、最大の味方にとても失礼な話だ。応援を、そのままに受け止めて、前へ進もう。
少し視界がぼやけるし、鼻もツンとするけれど、気にせずに真っ直ぐと彼の目を見て、満面の笑みで返した。
2/28/2024, 11:28:42 PM