梅雨
ついに雨が降り始めた。朝起き上がるのもめんどうだし、傘で荷物が増えるのもいやだし。六月に入ったばっかりなのにね。
終わりなき旅
わたしは目に見える終わりがあるから旅って楽しいんかなあと思うんですが、人生さん、そこんとこはどう思っておりますか。
「ごめんね」
「あんた、朝昼置いておくから食べてなさいね」
きいい、ばたん。一軒家のドアが閉まって、カチャカチャと鍵の音。自室のベッドに寝転がった朝七時、至って健康な私はブランケットの中で丸まっていた。
学校に行けない。出席率がどんどん減り、このあいだついに六割になった。息継ぎみたいに学校に行けば、担任や養護教諭に留年の話をされる。「大丈夫?」という言葉はもはや辞書どおりの意味なんてなく、取ってつけたような都合のいい言葉として発されていた。世界が私を拒んでいる、みたい。起き上がることすらできないのにお腹は空く。本当は消えてしまいたいのに。例えば食べずにいればいい、みたいなことを思っても実行できないのは、私の弱さなんだろうか。世にはそれを容易く実行する人間もいるわけで、その様な些細な比較が私の身体すべてをチクチク刺していた。
親の人肌すらなくなったリビングで、スーパーで値切られたサンドイッチを飲み込む。一口噛んで、咀嚼を何回か、そしてすぐお茶で胃に落とす。繰り返し。手にあったひとつのハムサンドを三十分近く掛けて食べきると、もう癖になった鎮痛剤を飲み込む。偏頭痛というより眠気に近いそれは吹き飛ばされることがなく、食品特有の口臭をせぬよう息を抑えながら、そっとベッドに滑り込んだ。
月に願いを
星に願いは託すけど、恒常的な月に願いを託すことって少ない。一過性のようなロマンチックも、可逆性のない刹那的な印象も無いから、かもしれない。織姫と彦星の天の川すら星なんだから。
恒星とは違い月は太陽の光を反射して光っているのだと言う。もしかすると星に託すよりよっぽとか細くて、叶わなくて、幸せになれない願いを託されているのかもしれない、と思ったら。窓辺から見上げた夜空はあいにくの鈍色雲を敷き詰められていたけれど、かりそめの光を雲から突き通す月の光を集めるようにそっと窓を開けた。ぬるくて塊みたいな風が頬に触れる。五月の終わり、もう夏がそこにいた。
理想のあなた
鏡に映ったわたしが、好きで嫌い。女性という肉体はいとおしいし、造形もたしかによろしくはないが、とはいえ人さまにご迷惑かけるようなものではきっとない。
でも、女の子ってめんどくさい。学生時代はメイクを禁止されるくせにやらないと笑われるし、センスがなくても不器用でもすべてやらなきゃいけない、らしい。そう思うと女性というこの肉体がとたんに嫌なものになる。鼻にティッシュ突っ込んだ風邪引きすっぴん面皰たくさんのわたしを愛せよ。ダイエットだとか、適当なこと言わないで。
わたしの理想の人がいる。幼馴染。完璧ではないけれど、たしかにわたしの心を射抜いて、鷲掴みにして離さない。天才であり秀才で、賢さだけではなく、努力や無理に裏打ちされた能力が好きだった。うらやましさもあった。ざっくばらんに結ばれたポニーテールも、目の下にうすらに溜まったクマも、小学生からずっと使っているであろうリュックサックも好きだった。わたしは憧れるくせに努力をしなかったので、今はほぼ話す機会も少ない。それでも捻出して相手してくれるのだけが、わたしのしあわせだった。
せめて、高校卒業するまではお友達でいようと思う。きっと彼女はわたしを幼馴染とも腐れ縁とも思ってないだろう。嫌われるなら、もう二度と会わないような、そんな時に嫌われたい。耐えられそうには、ないけれど。