突然の別れ
制服が三年生でもぶかぶかだったように、私は背丈が小さかった。運動も不得意。社交的でもなくて、教室のすみでうじうじと本を読んでいるようなひとだった。少しでもここから逃げ出したいと思い、塾にも通えない環境の中、ボロボロになるまで使い古した教科書と書いて参考書とも読むそれを片手に努力していた。たぶん、体に見合ってなかった。何度か体調を崩して、私の努力なんて露も知らない両親が心配していた。やっぱり許せなくて、何度も資料室の過去問に目を通して、理解できるまで解いた。
夢にも見たブレザーの制服に袖を通した四月。昨今の地球温暖化により満開の桜だなんだと贅沢は言わなかったけれど、公立でも新しい、いわゆる進学校みたいなところに入学できた。入学式、お守り代わりに私は数学の教科書を鞄に入れていた。夥しい量の付箋、マーカー。通学にかかる四十五分でさえ、私にとっては誇らしかった。
高校のレベルはやっぱり高くて、私には何度か躓いた。周りは塾に通っていたり、もともと賢かったり、一度聞いてスッと理解できるような、秀才と天才ばかりに見えた。わからない、でも認めたくない。抜けかけた英文法や公式、古典規則たちを見直すために教科書を探す。
いつも置いていた棚に、ない。たった五教科、五冊の教科書たち。毎日見てはいなかったけど、私はずっと把握してたのに。
「ねえお母さん、教科書どこやったか知ってる?」
「高校の?あんた、本棚に置いてたんじゃないの」
「いや、中学の」
「あぁ中学の教科書?要らないでしょう、捨てといたから」
真夜中
おやすみなさいと言ったのは何時間前のことか。23時前には夢の世界へと旅立ったであろう友達とのトークを眺めながら、ぼんやりとまろやかな布団のなかで微睡んでいた。ただ肉体がどこかに放たれたようで、意識だけが、ぽつねんとそこにあった。壁の染みを見ることさえできないような靄がかった脳を、少しでも起こさないように、健気に画面の光量を絞っている。眠気特有のガンガンとした頭痛が襲い掛かってきて、このからだ、意識、ぜんぶを包み込まれているようだった。寝なければ。明日は休みだけれど、そう、健全な人間として、寝なければならない。おそらく。
ずっとなにか思い出して、そのたびに幸せと絶望をまぜこぜにしたような感情に駆られて、余計に目が覚めてしまう。相手から見れば取るに足りないような、物語にはあまりに陳腐な日常が、あまりにも甘やかで幸せたらしめる出来事のように見えていた。たとえば「そうだね」と肯定されるだけで嬉しくて堪らなかったし、「そう思わない」と否定されるだけでこの世のすべてに絶望した。けれども、ずっと友達であり続けている。夢みたいな思い出だけをバスタブに溜めて、そこの中にざぶんと浸かってしまえたらいいんだと思う。でも溢れてしまうから、それは名案ではないかもしれない。
目が冴えてきた。ベッドサイドのミニテーブルに置き去りにした箱を手にとって、シートからひとつカプセルを取り出す。転がしたジュースで流し込む。いい夢が見れそうだと言い聞かせる。天井の染みは、どことなく、ハートのかたちをしていた。あのとき揃いで買った、ストラップに似ていた。
愛があればなんでもできる?
愛ってなんだ。
歌うもの、それは某曲。嘆くもの、それも某曲。愛の具体例は、誰しもが教えてくれなかった。
面倒になってモーニングのトーストを齧る。ラブレターの宛先は、双子の姉の名前が書かれていた。