少女は、どこかふわふわした気持ちで浮いていた。それは、現実世界ではないようだった。
その世界は、少女が望めばなんだって手に入った。
キラキラした目で両手いっぱいのマカロンが食べたいと強請れば手にいきなりぽんっと両手いっぱい、かそれ以上のマカロンが出現し、家族でお出かけ行きたいと願えば、突如場所は遊園地に変わりそこには優しいお父さんとお母さんがいて丸1日お話しながら存分に遊べるのだ。
他にも、動物たちとお話ができる川の流れがゆったりな不思議な森に行ったこともあれば船に乗って嵐に巻き込まれながらも世界一周旅行だってしたことがある。
くるくると移り変わるこの世界に少女は退屈したことがなかった。
そして桜がひらひらと舞い落ちるこの頃、その日は新しいお洋服を買いに行く予定であった。
手間はかかるけれど、化粧をし可愛いひらひらのお洋服を着てヘアアイロンを器用に回しくるくるとした髪の毛を作っていく。そんな時間を少女はとても愛おしく感じていた。
完成した姿を見せれば少女のお母さんはいつだって優しく褒めてくれた。
ハーフアップの髪の毛にリボンをつけてと強請ればしょうがないなぁと言いながらリボンをつけてくれた。
その手つきは優しく眼差しや声色は暖かく誰だって仲のいい母と娘にしか見えなかった。
いってきます、と声をかければ行ってらっしゃいと声がかかってきて少女は浮かれた様子でドアを開ける。その瞬間、まるで先程ほどまで見えていた世界がなかったかのように足から暗闇に落ちていく。その瞬間くるりと世界が暗転したのが見えた。それはきっと少女にとって、何回も経験して慣れてしまった多幸感の終わりの合図だった。
その世界では桜の花びらが少女の頬をするりと撫でたはずだった。だが、目が覚めた瞬間、肌を刺すような冷たい空気と母の怒鳴り声が耳を突き刺した。
近くには薬が入っていたであろう空き瓶が転がっていて声も掠れ頭もよく働いていないようだった。
オーバードーズというのが世間でどれだけ冷たい目で見られているかを知っていた。困っている人のものへ薬が届かず、そんなものを自慢として投稿した人は次の日、ネットでは火の海になっていたのをよく見ていた。
起きたのと同時に耳に入ったのは少女の母親の怒鳴り声であった。その声は少女に向けられていた訳ではなく、少女の父親に向けられていた。耳に劈くその声に少女は諦めの表情を浮かべた。
かつては優しく暖かった母親はいつの間にか怒鳴ることが多くなった。その内容は、玄関の靴が揃えられてない、とか髪をとかす為のくしが洗面台に置いたままだったなどとても些細なことから最終的に自分が死ねばいいという母親を何度だって宥め続けてきた。
昔はもっと楽しそうだった。
ただいつの日かため息ばかりつくようになっていた。理由は分からない。
それが仕事なのか、人間関係なのか、
それとも私なのか。
父親はいつだって無言でありながら優しかった。ただそれ故に母親が一度狂ってしまえば父親も狂ってしまうことが最近は多くなった。
少女はもう疲れていた。
先程まで聞いていた暖かい声が、今は耳を劈くようにがんがんを頭を叩きつける。その感覚から逃げるように思わず少女は、布団を被った。
先程までの世界は自分の都合のいい世界だったのだ。
現実なんて逃げ場所はなく相談できる相手もいない。
そんなことはとうの昔に知っていた。
薬を飲んで死んでしまっても、障害が残ってしまっても、母親がもう一度私の髪を優しく溶かしてくれるなら、優しく暖かい言葉をくれるならそれだけで良かった。
慣れた手つきで薬箱を開けてPTPシートに穴を開けていく。まるで少女はそれに縋るようにそっと手を伸ばし何粒かの薬を手に取る前に少しだけ手を止めた。
こんな事が解決に向かっていくとは思っていないだからこそ、どうにか、この状況を変えたかった。
変えるはずのことは何度もしてきたはずなのに結局この有様なのだ。不甲斐ない気持ちを抱えほんの少し躊躇いながら少女は薬を口に運んだ。少女には少しの余裕も残っていなかった。
また少女は静かに目を閉じた。もう一度あの優しい世界に逃げるように。
【叶わぬ夢】
どうしようもなく大好きだった。今でも夢に見るぐらいに。
君と好きな作品が同じだ、なんて言って一緒に帰った日。
江ノ島を一緒の班で回った修学旅行の日。
最後に告白しようと書いたラブレターを渡せなかった日。
別に後から両片思いだったなんて知りたくなかった。
どれもこれも、甘くて苦い私にとっての初恋の思い出。
初恋に、貴方に、さよならを。
【初恋の日】
その瞬間、時計の針で刺されたように動けなくなった。
進んでいく時間。何も最後までやりきったことがない自分。段々と自分が見る世界が汚くなっていくんだ。と笑っていた幼なじみの彼が昨日、死んだことを母から告げられた。
隣に私が居なくてもこれからの道、幸せな人生を歩んで欲しいと願っていた彼が。
彼はいつも明るいから「弱音を吐くなんてらしくないね」なんて言葉が大事な、大切な彼を追い詰めてしまったのだろうか。どくどくと心臓が早まりぐるぐると頭の中が掻き回される。
あの日から時計の針はずっと刺さったまま、
思わず視界に捉えた彼女に手を伸ばす。刹那びゅうと木枯らしが吹く。
吹かれた葉に乗せられたようにそこにいたはずの彼女は消えていた。
未だに僕は幻想に囚われてしまっているようだ。
親友の結婚式。改め元好きな人の結婚式。
私の親友は他の男に奪われていく。そんな事実を複雑に抱えながらお祝いをする。
「来てくれてありがとう」
そう言う親友は純白のドレスに包まれてとても綺麗だ。
きっと親友にとって世界一幸せな日。
「ううん、こちらこそ招待してくれてありがとう。すごく綺麗だよ」
そんな言葉に親友は照れながら肩を叩く。
「ちょっとだけ時間あるからさ。座って思い出話でもしようよ」
親友が椅子に座りその対面にある椅子に私も座る。
「私さ、実は大学生の時君のこと好きだったんだよね」
ひとつの思い出話のように苦笑しながら親友は話す。胸がどきりと音を立てて心臓が高鳴る。息を吐く音すら繊細に聞こえて。
「私も好きだったよ」
そう蚊の鳴くような声で話すと彼女は驚いたように目を見開き悲しそうに目を伏せた。
「えへ、私たちいつの間にすれ違ってたんだね」
好きだった。いやもしかしたら今でも好きだから。今からでも可能性があるならあの時言えなかった言葉を。ひゅっと息を吸い言葉と一緒に息を吐き出す
「ね、今からでも」
「私たちあの時なにか少しでも勇気を出してたら今の関係も変わってたかもね。」
そんな私の言葉に被せるように彼女は話す。
それはきっと今の関係はもう変わらないということ。少しでも期待してしまった、未練タラタラな自分を嘲笑しながら私はこう言った。
「結婚おめでとう、幸せになってね」
【すれ違い】