追い風と共にやってきた「俺、結婚したから」は、鈍器みたいな衝撃を後頭部に与えてきた。それからすぐに痛みに似た嫌悪感が全身を駆け抜けていく。風よりも早く全身を犯す得体の知れない最低の正体は、絶望だってことをなんでか僕は知っていた。それでも受け止め難いものがある。頭でわかっていても、心ではなんとやらというやつだ、たぶん。内側から外側に走った透明な衝撃のすべては比喩で、実際の僕は無傷で綺麗なままだけど、やっぱり胸の中はずたずたに裂けて血が滲んでると思う。だって痛いんだ。胸の中にも、心臓の近くにも、存在しないはずの心が確かに疼いている。君へと振り返ったくせに、どうしてか僕は聞こえないふりをしてしまった。どうしようもなくてしょうがない僕を見つめて諦めたように笑った君は、あの朝と似ていた。青くて脆い、冬の朝。どこにも帰れない僕は、離れた場所から惨めにただただそれはそれは惨めにあの朝をうらめしく見つめながら生きていくしかできないみたい。
たそがれに染まる街を見つめて、もう帰れないあの頃を恋しく思う。陽が沈むまで手を繋いでいたあの子は今、深い海の底で眠っているって誰かが言っていた。僕は相変わらずここで生きているけど、息苦しくて堪らないや。助けてとか誰にも届かない嘆きは、ぬるい缶コーヒーで安直に流し込む。僕は、きっと明日も同じように過ごすんだろうなあ。涙が零れてくるけど、どうしてか温度はない。それどころかとても冷たい。ひょっとしたらさっき流し込んだ缶コーヒーの方がぬくいかもしれない。あーあ、ちゃんとした「人」で居たかった。きっと叶わないことだろうけど、今夜もしも星が流れたら、願ってみようかな。
見せかけの友情に振り回されて、青春のすべてを棒に振った俺に、青き日の思い出なんてあるわけないよ。
自由がほしい。息ができる場所へ逃げたい。もう誰にも示唆されたくない。構わないでほしい。興味のない言葉を興味のあるふりしてヘラヘラと媚びへつらうことは疲れた。したくない。もうしたくない。ほんとごめん、実は最初から君のことは好きじゃなかった。もう僕を見つめないで。傷つけ合う前に、さよならをしよう。
手を取り合ってとかさ、君が言ったのに俺が君の手を掴んだら、簡単に離したよね。俺は知ってるよ。君が嘘をついていることを知ってるんだ。ひとりで旅行に行くって言ってたけど、あれ嘘でしょ。べつに責めるつもりなんてないよ、俺が淡白でつまんない男だから他に刺激を求めたっていうのもわかるし。とりあえずさ、もういいよ。無理させてごめん。もう俺なんかに手を差し伸べなくていいよ。俺も君の手を取ったりしないから。眼前若しくは君の上に乗っているトモダチと手を取り合ってる方が合ってるんじゃないかな。あー、泣いても意味ないよ。そういうの俺には通用しないって前に言ったよね。そもそもトモダチに触れた手で俺に触れないでほしいな。気持ち悪いんだ。君の生ぬるい体温も、ハリボテの笑顔も、吐き気がするんだよ。もう十分だよ。終わろう。他人に戻ろう。これはお願いだよ。最後のお願い。俺と他人になってくれ。お互いを知らなかったころのフラットな状態に戻るだけで、なにも悲しいことなんてないよ。そうすればこれ以上君のことを嫌いにならなくて済むと思うから。ぜんぶ間違いだったと思って忘れ合おう。俺は好きだったよ、本当に。君が、君だけが、いちばんだった。バイバイ。