雨に佇む
夏。突然のゲリラ豪雨。
傘を持っていなかった私はずぶ濡れになった。
たまにはこういうのもいいかと思い、雨の中をゆっくり歩く。
白のワイシャツで下着が透けていたが、そんなのも気にしない。道行く人たちの訝しけな目線も気にはならない。
そもそも私は雨は嫌いじゃない。
普段は傘をさすけれど、ごく稀に濡れながら雨の中を歩きたい気分の時もあるのだ。
シャツが肌にまとわりつく。
だがそんな感覚も、こんな天気じゃないと味わえない。
小学生の頃とかは楽しいと思ったことをやれた。
少しずつ成長するにつれて、理性がきいてくる。
雨に打たれることを躊躇するようになる。
もっと、もっと自由でいいのに。
そう、自分に言い聞かせながら。
雨の冷たさ。濡れた肌。
ねず色の空。髪から落ちる雫。
湿り気を帯びた空気。吐き出されるため息。
私の耳に聞こえる雨音。
それらが全部、愛おしい。
私の日記帳
私にはお気に入りの手帳がある。
すごく好きな人ができて、その人のことを考えると、胸がドキドキしすぎて、声を上げたいくらいに。
でも本当にそんなことしたら恥ずかしいから、私はこの思いの丈を手帳に記すことにしました。
大好きな人への日記帳。
彼の大好きな食べ物、苦手な食べ物。
よく読む本や、よくやる癖。
気付いたことはこの日記帳に綴った。
日記帳には好きなように自由に書けるのに、言葉にするのはとてもじゃないけれど、しんどい。
『好き』っていうたった2文字が、日記には書けるのに、言葉には口に出来ない。
勇気がない自分が少しだけ嫌いになってしまう。
告白する人って、みんなどうやって告白してるのかしら?
私は今日も日記帳に記す。
まるで誰にも読まれないラブレターみたいだ。
いつかこの日記帳に綴った言葉が、私の口から語られる日が来るんだろうか?
でもそうしないと相手には伝わらないよね。
私の大事な日記帳。
今日も想いのままに綴られていく。
向かい合わせ
何年振りかに再会した、かつてのクラスメート。
そして私の中学時代の片想いの相手。
同じクラス、同じ班、そして隣同士の席。
彼はクラスのムードメーカーで、面白くて、優しくてかっこよかった。
高校も同じだったけど、クラスは違ってしまった。
それだけで、あんなにたくさん話していた関係が、あっさりと終わりを告げた。
ただ隣のクラスになっただけで、こんなにも隔たりが出来てしまうとは。
いや、私が勇気がなかっただけだ。
遠くから見つめることしかできなかったのだから。
そんな片想いをしていた相手と再会した。
中学校の同級生同士が結婚したからだ。
再会しても彼は当時と変わらずで、ほっとした。
むしろ、大人になった彼に変わらずドキっとしてしまった。
と言っても、もう私の中では消化した恋だ。
懐かしいなと思うくらいで、それ以上の胸の高鳴りはない。
二次会は向かい合わせの席になった。
何だか中学校の給食の時を思い出した。
向かい合わせで食べていた時のことを。
昔も、そして今も彼のムードメーカー役は相変わらずで、私は笑った。
中学同士の友人たちが集まれば、昔話に花が咲く。
私は『今だから言うけどね』と言って、昔好きだったことを告白した。
当時は『好き』なんて言葉に出すのが恥ずかしかったけれど、今はこんなにも素直に言える。
それが自分の中で、清々しかった。
彼は一瞬驚いた顔をしたけれど、にこりと笑って『実は、オレも』と言った。
「なんだ、告白すればよかった」とお互いに笑いあった。両思いだったんだと知れただけでも、何だか嬉しかった。
向かい合わせで座る彼から、熱を帯びた視線が刺さる。
「今、付き合っている人いるの?」
「いないよ」
一瞬の沈黙。
「じゃあさ、どう?今からでも」
周りの友人がどんなに騒いでいても、彼の声はハッキリと聴こえた。
中学校の時に向かい合わせで見ていた彼の顔。
こんな真剣な顔は初めて見た。
男の人の顔になっていた。
そして私も女の顔になっているのだろう。
やるせない気持ち
幼馴染みに自分の気持ちを伝えた。
君はすぐに首をかいた。
それは君が困ったことを表す癖だ。
『考えさせて欲しい』と言われた。
すぐに振られないだけ良かったのかもしれないけれど、
翌日から君がよそよそしくなった。
ああ、本当に困らせた。
そう、実感した。
好きな男でもいるのだろうか?
それとも幼馴染み以上には考えられないんだろうか?
気持ちを伝えてすっきりした反面、伝えなければ良かったと思う自分がいる。
何ともやるせない気持ちだ。
『考えさせて欲しい』とはいつまでのことを言うのだろうか。期限が決まっているわけじゃないから、もやっとする。
だけど焦ったところで状況が変わるわけでもない。
今は、君の返事を気長に待つしかない。
待っている間に何かできないだろうか。
悪あがきでも何でもいい。
君がオレのことを好きになってくれるのなら。
海へ
ステージから見える景色はまるで海のようだ。
青いペンライトがたくさん光る。
私はそれが見たくて、みんなの喜んでいる笑顔に会いたくて、ステージに立つ。
小さい頃、私は空の絵と海の絵を描いていたみたい。
それほど青色に魅了されていたのだろう。
地元の海にも遊びによく行った。
空の青と海の青が好きだったから。
今はなかなか海へ外出できるほど、休みが取れないけれど、代わりに青いペンライトに囲まれている。
これからもアーティストであり続ける限り、私はこのファンタスティックな空間を大切にしていきたい。