涙の理由は、聞いてほしくない
かっこ悪いし、できるだけ涙は隠してたかったのに
こんなふうに君に見られるとか、最悪だよ
そんな私に、君は楽しそうに笑いながら
「そんなに感動しちゃったんだ」
って言ってくる
「だって仕方ないじゃん!あんなふうに死んじゃうなんて…主人公が可哀想だよ!」
「この映画でそんな泣かないよ」
笑いながら、それでも幸せそうな眼差しで見つめてくる君の顔を、私は見ることができなかった
あなたはコーヒーが好きだった
カフェに行っても、このコーヒーはどうとか、このコーヒーはこんなのとか、よく話していた
そんなあなたに染められて、私の家に置いてある銘柄も、あなたがいちばんのお気に入りだ
あなたが出て行っても、コーヒーの好みだけは残っていた
でも、偶然カフェで見かけたあなたは、別の女と時間を過ごしていた
その手元にあるのは、紅茶だった
コーヒーなんて、どこにも見当たらなくて、女と話しているのは、紅茶の話
この紅茶、香りがいいねとか、でも前の紅茶の方が大人っぽい味だったよねとか
もう、あなたの中のコーヒーの熱は、冷めてしまったんだ
私のコーヒーの熱は、いまだに冷めない
あなたが大嫌いでも、コーヒーだけは、嫌いになれない
時計の針が、一定の間隔で進む
時の足音が、静かな部屋に響き渡る
その部屋に一人、仰向けになっている私
電気もつけずに、ベランダから入る風に包まれている
陽が落ちてきて、少しづつ空気が冷めてきた
目線だけを時計に映すと、17:26ごろを指していた
時計の針が重なっていて、一瞬短針が取れたのかと思った
そうか、もう、夕飯の時間か
そう意識した途端に、お腹が空いてきたと感じる
ゆっくり体を起こして、台所に向かう
…冷蔵庫の中になんかあったっけ
初めて一人で旅をした
君が自分勝手に予定して、計画して、つくった旅行計画
それを実行する前に、自分勝手にどこかへ行ってしまった
自分勝手で、自己中で、最低だった君が、最後に残したこの計画
それを、実行してみた
その計画は、時間とか、休憩場所とか、いろいろ細かく調べられてて
結構私のペースに合ってて、私のことを考えてくれたのがわかったんだ
本当は私を思ってくれてた君は、もう隣にいない
勝手に出て行ったって思ってるけど、本当は私に原因があったりして
まぁ、そんな君とはもうサヨナラしよう
感傷に浸りながら、君を想いながら、心を整理しながら
この旅は、君を思う、最後の時間だ
君と見上げる月は、一人で見上げる月より暖かい
いつもは涼しげな光をしているのに、君がいると暖かく輝いている
これは、君の魔法かな
それとも、君は本当は月の住人だったりして
理由がどうであれ、今は君と月が見られる幸せを噛み締めていたい