「何で泣くの?」
君は、そう言った。
私が貸した、小説が原作の恋愛漫画。その中の、ヒロインの彼氏に、負けヒロインが告白して振られて泣いてしまう、というシーンを見ながら言った。
「え、そりゃそうじゃない?」
「なんで?わけわからんのだけど」
君は少し早口に言う。
「だって、もうこいつには彼女っていう何よりも大切な人がいるわけだろ?他の女に言い寄られたからって、断るのは至極当然のことであって、振られるって分かりきってるんだから、泣かなくていいだろ。泣き落としかなんかか?泣いて相手の親切心を利用しようとしてんのか?」
それを聞いて、全くこいつはおかしな奴だなと思う。
「では、君のその主張を、ある例をもってしてへし折ってあげよう」
「急に何だお前」
「いいですか?では、私に彼氏がいたとしましょう」
「なわけねぇだろ。お前の彼氏は俺だろうが」
「ただの例だから!ちょっと黙って聞いて」
人の話を聞かない野郎だ全く。
「はい、私に別の彼氏がいたとしますよ?で、あんたは私を大好きです」
黙って聞いているのを確認しながら、話を続ける。
「私のことが大好きなあんたは、私に彼氏がいても、大好きな気持ちは変わりません。なのでいっそのこと告白しちゃおうと思いました」
「いや俺はそんなこと…「黙って」」
何か言おうとしたがそれを止める。
「でも、私には大事な誰かさんがいるので、もちろんあんたを振りました。はい、その時の気持ちは?」
「泣く」
「そゆことよ」
「なるほどね理解」
君はまた漫画に目を落とす。
そんな君に、一言。
「あんた以外に、いらないからね」
ばっとあげた君の顔が、漫画のヒロインみたいに真っ赤に染まっていた。
君といると、体が熱くなって
君と触れ合うと、体温が上がって
汗が出てきたりもするし
夏なんじゃないかなって思う
君がいると、いつでもどこでも、暑い暑い夏のようだ
これから先の人生、この夏は終わらないのだろうね
蝉たちが騒々しく叫ぶ
水分を含んだ空気が肌を撫でる
灼熱のアスファルトは足元から身体を焦がしていき
強い日差しが頭を焼く
汗で濡れた身体でお互いに寄り添って、暑い身体を近づけて、汗の香りと、ふんわり香る君の匂いを感じる
僕も君も暑いはずなのに、離れたくなくて、ずっと隣にいたくて、そしてなにより、その時間が一番幸せだった
汗で気持ち悪くても、暑さで倒れそうでも、君に寄り添いたかった
それが、あの真夏の、君との日常の記憶
他にいろんなこともしたけど、結局それが、一番幸せだったんだと思う
君を見つけたこと
君に見つけられたこと
君と出会えたこと
君と仲良くなれたこと
君と喧嘩できたこと
君を好きになれたこと
君に好かれたこと
君と抱き合えたこと
君と手を繋げたこと
君をもっと深く知れたこと
全部、夢じゃないって、言ってほしい
もう目の前に君がいない今は、夢だったって言ってほしい
今すぐ目の前に現れて、無邪気な笑顔で笑いながら頭を撫でてほしい
今も私は、夢のなかから覚めてないよ
人はよく、「夏がやってきた」とか、「冬の足音が聞こえる」とか、言ってる。
でも、季節は、やって来るものなのかな。
僕たちが、向かっていくものだったりして。
時が過ぎるんじゃなくて、僕たちが時に出逢いに行ってたりして。
そんなことを考えてたら、もう夏だ。
とても暑い日々に、僕らが足を踏み込み始めた。
ただいま、夏。