君を探して、何年経ったのだろうか
君があの書き置きをのこして、どこかへ消えてしまってから、僕は君をずっと探している
会社も辞め、家も売り払い、全財産を持ち、世界を旅するようになった
しかしどこへ行っても、君を見たと言う人や、君を知っている人は、1人も見つからない
もうお金もなくなり、どこかも知らない場所を歩いている
腹も減り、喉も渇いた
目の前が朦朧としてくる
気づくと、地面が目の前にあった
重たい頭を持ち上げて、前を見てみると、さっきまでの荒れた地面とは変わって、青々しく草が茂り、紅い花がところどころで咲いている、綺麗な場所だった
奥には白いワンピースを着た、髪の長い女性がいる
その人が振り向いた時、君のいなかった、今までの、何もない、重苦しい日々から解放された気がした
女性に微笑み、ゆっくりと立ち上がって、ゆっくりと歩いて近づき、優しく、抱きしめた
あぁ、こんなところにいたのか、探していたんだよ
君が、笑っていた気がした
僕が言った言葉は、空気に溶けていく
僕が思った感情は、誰にも知られず朽ちてゆく
僕が感じた思いは、気づかれることもなく消えていく
僕が何を言っても、何を感じても、何を思っても、誰にも影響を与えず、何事もなかったかのように元に戻る。いや、形が変わることすらないのかもしれない
そんな僕は、誰が見ても、何も見えない
透明なんだろうな
暗闇に浮かぶ、一等星のような
暗い夜空を彩る、小さな星たちのような
人々の道標となった、北極星のような
それが、僕にとってのあなただった
僕をその輝きで照らしてくれて、僕の道標となり、神秘的な光を放つ存在だった
でも、喧嘩して、すれ違って、仲直りもろくにせず、なんとなくの距離感でいた君を、星とは思えなかった
僕にとっての今の君は、道端に転がっているようななんでもない小石で、鬱陶しいと感じるような雑草で、変わり映えのしない理解できない絵画のようだ
君を追いかけることはもうやめてしまった
君を追いかけていると、自分が自分でいられなくなってしまうから
君とは、もう分かり合えない
人の思いや想いを運ぶ風とか
春を運ぶ風とか
希望を運ぶ風とか
温もりを運ぶ風とか
風は、たくさんのものを運ぶ
…と言うわけではない
風が運ぶのは、というより、風は、空気を運び、冷たさを感じさせるのだ
人の気持ちとか、希望とか、温もりとか、季節とか、そんなものは、運べない
…これが現実、これがリアル、これが真実
これを知って、僕は心底絶望した
風のことが好きだったのに、風に希望を持っていたのに、風の奇跡を信じてたのに
でも、僕がこの真実を知って、絶望したところで、世界は変わらず回って、人生は進み、風は変わらず吹くんだ
僕って、ちっぽけな存在だよ
約束した。
去年の春。
来年の今日、一緒に綺麗な花吹雪を見ようって。
今年の僕の目の前には、冷えたベッドと、空になった棚があるだけ。
手には少ない荷物があって、窓からは綺麗に咲いた桜が、青い空を見上げている。
何か言わなきゃいけない気がして、でもなにも思いつかなくて、ただこの景色を、眺めていることしかできない。
「あの…?」と、看護師さんに呼びかけられてすみません、と言って白い部屋の出口に向かう。
寂しそうな、広く、冷たい部屋に、深々と、一礼して
静かに扉を閉じた。
部屋の中には、あたたかくもつめたい、久方ぶりの静寂が、戻ってきたようだ。