約束した。
去年の春。
来年の今日、一緒に綺麗な花吹雪を見ようって。
今年の僕の目の前には、冷えたベッドと、空になった棚があるだけ。
手には少ない荷物があって、窓からは綺麗に咲いた桜が、青い空を見上げている。
何か言わなきゃいけない気がして、でもなにも思いつかなくて、ただこの景色を、眺めていることしかできない。
「あの…?」と、看護師さんに呼びかけられてすみません、と言って白い部屋の出口に向かう。
寂しそうな、広く、冷たい部屋に、深々と、一礼して
静かに扉を閉じた。
部屋の中には、あたたかくもつめたい、久方ぶりの静寂が、戻ってきたようだ。
冷たい風が足の隙間を縫って吹き抜ける
この前少しだけあったかくなったと思って、「もう春かなぁ」なんて、柄でもないことを思ってたのに、まだ冬の気配はいなくならない
「うー…さぶい…」
マフラーに口元を埋めて、精一杯縮こまり、早足で家に向かう
周りを歩く人々も、イベントでもないのに、急足で帰路を進んでいる
みんなが思ってることが、手に取るようにわかる
まだまだ冬だなぁ…とか思って歩いていたら、一際強い風が、びゅうっと、何かをさらっていった
寒さで立ち止まり、身を縮こめて足元を見ると、一輪の、名も知らない花が咲いていた
それを見て、心がぽっと、暖かくなった気がした
心に小さな春を携えて、少し背筋を伸ばして、冬の吐息に向かっていった
たま〜に見る、空に浮かぶ虹色のアーチ
いつもだったら「あ、きれい」で、終わってるはずなのに
君とみた虹は、いつもよりも綺麗で、キラキラしていて、神秘的なものだった
今でもあの虹を思い出す
君とみた虹は、君がいなくても、ずっと覚えてるから
ひそかに想っていたんだ
君にも、親にも、言えないけど
心の奥で、誰にも言わず、ずっと静かに抱えていたんだ
本当にごめん、でももう最後だから、伝えるよ
君と今まで付き合ってきた
大学一年生で一目惚れして、そこから五年だよ
もう、社会人だ
そんな君とはもう終わり
ごめんね、君と付き合ってきたのは
君のお姉さんが、好きだったからなんだよ
広いリビングに、乾いた音が響き渡った
今日は、海に手紙を流してみた
環境的には良くないんだろうけど、本とか、アニメとかで、海に手紙を流すところを見て、差し出し人になりたくなった
宛先は、どこか
宛名は、だれか
差出人も、だれか
何にもわからない手紙
なにを書こうか悩んだけど、別に私に戻ってくるわけでもないし、私の人生について書いた
顔の見えない、どこかの誰かが、私の人生を読んで、なにを思うのだろうか
私の人生への思いを、考えを読んで、なにを思うのだろうか
透明な波が足に寄っては戻る
私は手に持っていた瓶をそっと、波に入れる
海へと戻る波に運ばれて、瓶が離れてゆく
どこに着くのか、誰が読むのか、もしかしたら、誰も読まないかもしれないし、海の塵となって消えてゆくかもしれない
私の手紙の結末は、誰も知らない
波に揺られて、運命に身を任せ、どこかの目的地に向かって少しづつ進んでいく
私の人生も、そんなものなのかな
瓶が向かう水平線の向こうを眺めながら、希望を感じた