夜の海
真っ暗な海は魅入られる。
波の音がこっちにおいでと誘っているかのよう。
近づくと海の底へと引き摺り込まれそうに思う。
闇のように深くて暗くて冷たい夜の海。――それは美しく、そして怖い。
自転車に乗って
子供の時に、長い坂道をどこまで自転車で上れるか、立ち漕ぎをして必死に上ったた記憶がある。
たった一人の友人と肩で息をつき、そして、笑っていた。
緩やかそうに見えるから、上りきることができると思っていたが、そうでもなかった、地獄だったのを覚えている。
半分くらいで、自転車から降りて、押して歩いた。
いつも創作の話をして、盛り上がっていた。私は小説書き、友人は絵描きだ。
坂道を上ると今度は下り。ゆっくり下りながら、まだまだ創作の話を続ける。
自転車に乗って、どこまでもいつまでも、続けていた会話。
それは、大人になった今でも続いている。いつまでも楽しい時間――
心の健康
毎朝起きたら、窓を開けて外の空気と中の空気を入れ替える。
窓の側で寝転がり、入ってくる風を感じる。
好きな音楽を聴いたり、好きな小説を読んだり、好きなアイスを食べる。
自分自身が好きなことをする。いっぱいいっぱいになって、溢れてしまわないように。
自分自身を労う、たくさん頑張ったから偉いと誉める。
心の健康第一。自分を大事に大事に、よしよしをしよう。
君の奏でる音楽
窓が開いているので、風が入り、白いカーテンを揺らす。
俺は椅子に座りながら、彼女が弾くピアノの音に耳を傾ける。
タイトルは忘れたけど、彼女自身が作曲した曲らしい。
心地よく、日々のストレスが癒やされていくような気がした。
目を瞑って曲に乗りながら弾いている姿。長いまつ毛が印象に残った。
長い黒い髪の毛には、艶があり、日々手入れをしているのであろう。
太陽の光が当たるとキラキラ光って、天使の輪っかができていた。
ピアノを弾く手が止まり、こっちに顔を向ける彼女。
「私の顔に何かついている?」
「いや、別に、ピアノは癒やされるなぁーと」
「ピアノ、弾けないくせに」
クスクス笑って、椅子から立ち上がり、俺のところまできた。
相変わらず整った顔をしている。桜色の唇に目がいく。
ぼーっと見つめていると額を細長い指で弾かれた。
「何考えているの?」
「……別に」
少し痛む額を摩りながら、そっぽうを向いた。
また彼女は笑う、よく笑う。この笑う声は、ピアノとはまた違う音を奏でている。
これも心地がいい。自分の心がふわふわと揺れ動いているのがわかった。
「うそつきー、絶対何か考えているでしょー」
「特に考えていないから」
つんつんと頬を突いてくるのを手で払いながら答えた。
嬉しそうな表情をする彼女。嫌なことを吹っ飛ばしてくれる。
ピアノの音と共に。彼女の奏でる音楽は、俺の癒しだ。
「さーてと、続きを弾こうかな」
俺の目の前で、両手を組んで上へぐーっと伸びる。
そして、またピアノへと戻って行った。
席に着き、指を鍵盤の上へ置くと目を瞑って、小さく息を吸い込んだ。
またこの空間に音が奏でられる。――ようこそ、彼女の奏でる音楽の世界へ
麦わら帽子
綺麗に澄んだ青い空、もくもくとした積乱雲、鳴り止まない蝉時雨。
氷が溶ける音が響く麦茶のコップ、ひんやりと冷たい素麺、赤くて甘いスイカ。
エメラルドグリーンの海は、白波が立つ。遠くで鳴くカモメ。
麦わら帽子を被って、真っ白なワンピースを着て、白い砂浜の上を素足で歩く。
すると強い風が吹いて、麦わら帽子が飛ばされた。そして、海に静かに落ちる。ゆらゆらと遠くへ流れていく。
その様子をただ一人、見つめていた。