星座はいつか綻び崩れるのだ。
だから我々人間のようなちっぽけな営みも、糸のほつれが始まりとなって容易に壊れる。
「詩、書いた?」
背から凛とした声がして我に帰った。長い間張り詰めた水面に雫が垂れて波紋が止まらないようで、どうにも心と頭が落ち着かない。
「‥‥‥え、えぇっと‥‥す、少しは‥‥」
振り向くとクラスメイトの真っ直ぐな視線とかちあった。虚を突かれたようで思わず逃げるように目を伏せる。後ろ手で紙を裏返した。
『ずっとずっと辛くたって永遠に輝き続けないといけないのだとしたら、わたしは星になんてなりたくないよ……』
嘘をついた。紙は端がちょっぴり折れているだけで真っ白だ。
クラスメイトはそうなの、と興味を失ったように呟くとすっくと立ち上がり友人のもとへ話しかけに行った。
教科担任から課題として出されたのは『星座』についての詩。
担任から詩のテーマを聞いてから、ある日詩家の姉がぽつりと呟いた言葉が呪いのように耳に谺して離れない。
『‥‥‥いつも見てた星なのに、どうしてかいつもより遠く見えるの。なんで、かなぁ……。希望そのものだったのに、今は見放されてるみたいなの』
姉は小学生の頃から星が好きで、よく夜空を家族みんなで一緒に見ていた。
わたしも星が好きだった。
『あの何億という星は遠い昔の光なんだって。わたしたちにメッセージを残してくれたみたいだよね!』
でもある日突然父が失踪してから、姉は壊れていくように悲観的になった。
星を、見なくなった。
『星座は一つ星が無くなったら星座じゃなくなるのかな』
『家族は一人居なくなったらこんなにも綻びがでるのに』
母は過労死寸前になって入院した。
その母は明るくて可憐なロマンチストだった。
『星は願いを叶えてくれるんだって!』
『……ねぇ、願いを叶えてくれるなら返してよ!返して!いなくなったお父さんと元気なお母さんを、そうしたらわたしの大切な妹だって、いつも看病のせいで寝不足になってクマなんかできないじゃない!返してよ!返して!返して!返して……』
『星が好きだったわたしも、返してよ……』
外では気丈に振る舞う椿花のような姉も、家に帰ると静かによく泣いている。高校の頃から身を粉にして働いた手は傷が多くて、消えそうなくらい儚い笑顔は見ると心が傷む。
『お姉ちゃんはあなたの笑顔が見れるだけで幸せなの』
その言葉を思い出した瞬間、揺らいだ水面がふっと静まりかえった。そろりと鉛筆を取り心のままに詩を書く。
________いつか、いつか心が癒えたら。
わたしが絶対に連れて行く。星が綺麗に見える所へ、また星が好きになれる場所へ。
「固く手を繋いで、一緒に星を見ようね」
『星座』
今日は喜苦楽家の設立記念日。
キクラゲをこよなく愛する我が家そして我が社は毎年世界一のパーティを開くのだが……。とても憂鬱でならない!
一度思い描いてほしい。
職人の魂が意匠を込めた重厚な扉を開けると、会場の中には白く美しい様々な器にぷるぷるなキクラゲ料理が燦然と輝いているのだ。
歩みを進めれば右手にキクラゲサラダ。左手にキクラゲの味噌汁。ご安心ください、キクラゲパフェもご用意しております。
ボクは幼い頃までキクラゲが好きだったのに。
キクラゲの美味しさをマイク越しに熱弁する祖父、聴きながらキクラゲのフルーツポンチを勧めてくる兄。片手に持ってるの何それ……キクラゲどら焼き?
すると突然大きくなった祖父の声が会場に響き渡った。
「さぁ皆様、キクラゲの栄光を捧げ踊りましょう!」
今はもう、食べないのではなく。食べられなくなった。
キクラゲのようなふりふりの衣装を着た参加者が曲と共に踊り始める。悪い夢でも見ているようだ。
ボクはキクラゲに執着している人をこう呼ぶ。
『キクラゲってる人』
『踊りませんか?』
魂がふるえた。
その声、その言葉、その身体。
一年会えなかった彼女は、まるで天使のふわりと現れた。
「あたしは世界一かわいくて大好きな君に会いに来たの!」
私の心はどうしても、彼女の隣にいるだけで、ただそれだけで幸せで、それなのに泣きそうでいっぱいになるのだ。その瞳はいつまでも私を優しく見てくれるから。
ぎゅうっと抱きしめる。懐かしい、春のような香りが私の脳と鼻腔をくすぐる。
「ね、約束したこと、覚えてる?」
私が言葉を発するより先に問われた。
忘れるはずもない。7歳の誕生日だった。
長いまつ毛を時々恥ずかしそうに伏せながら訊ねられた。
『ねぇ、オトナになったら………あたしと結婚してくれる?』
今日私たちがオトナになった日は、きっと運命が動き出した日。
あのとき私が頷くと、彼女は幸せそうに笑ってくれた。
「……うん、覚えてるよ。いつまでもあなたが大好きだから。」
「ふふっ。あたしもいつまでもいつまでも大好きだわ」
私の最愛の女の子
『巡り会えたら』