『お前が歩んだ先に私がいる』
――10年後の私から届いた手紙
日付が変わる一分前に送るメッセージ。
朱色の包装紙に金色のリボンで包んだ小箱の写真を添えて。
放課後そっと下駄箱に忍ばせた秘密を伝える。
貰えなかったと大声で叫んでいたあなたに。
「ハッピーバレンタイン」
「待ってて」
そう叫んだあなたが米粒みたいな小ささになって、私の視界から消えて三十分くらい。
巣に戻る蟻の行列を数えるのも綿飴みたいな積雲を見送るのも飽きてきた頃、あなたは不意に戻ってきた。
息を切らしたあなたは、大粒の汗を拭いながら黒真珠の両目に私を映す。
「どこに行ってたの?」
「これを君に」
差し出された紙袋は持ち手がしっとりと濡れている。
「家に忘れてきたんだ」
中には手のひらに収まるほどの赤い木箱。
「お誕生日、おめでとう」
木箱の蓋を開けると、金属の部品が遠慮がちに涼やかな音を鳴らし始める。
星屑が鳴るようなその音はやがてひとつのメロディになり、私の心を震わせる。
「これまでの人生で一番幸せな誕生日だわ」
たった一度しか話さなかった誕生日を覚えていてくれたことも、私が好きだと話した曲を選んでくれたことも嬉しい。
何よりも、あなたと出会うきっかけになった曲をあなたが覚えていてくれたことが、私はとても嬉しかった。
『待ってて』
「伝えたい」
ここに書かれたあなたの言葉は、きっと誰かが見ている。
――ほんの少しだけ離れるだけなのに、その一時が苦しいんだ。
俯くあなたの声は震えていた。
泣きそうな姿なんてはじめて見たかもしれない。
またあなたのかわいらしい一面を知ってしまった。
歪んだあなたの頬はすっかり冷え切ってしまっているから、私が包んで温めてあげる。
白い肌に残ってしまった薄紅色の三日月、それすらも愛おしくてなぞる私を許してほしい。
最後に、あなたに伝えるために口を開く。
大丈夫だ、と愛しいあなたに伝えるために。
「また会おう、この場所で」
それは私にとってのお守りにもなるから。
『この場所で』