「待ってて」
そう叫んだあなたが米粒みたいな小ささになって、私の視界から消えて三十分くらい。
巣に戻る蟻の行列を数えるのも綿飴みたいな積雲を見送るのも飽きてきた頃、あなたは不意に戻ってきた。
息を切らしたあなたは、大粒の汗を拭いながら黒真珠の両目に私を映す。
「どこに行ってたの?」
「これを君に」
差し出された紙袋は持ち手がしっとりと濡れている。
「家に忘れてきたんだ」
中には手のひらに収まるほどの赤い木箱。
「お誕生日、おめでとう」
木箱の蓋を開けると、金属の部品が遠慮がちに涼やかな音を鳴らし始める。
星屑が鳴るようなその音はやがてひとつのメロディになり、私の心を震わせる。
「これまでの人生で一番幸せな誕生日だわ」
たった一度しか話さなかった誕生日を覚えていてくれたことも、私が好きだと話した曲を選んでくれたことも嬉しい。
何よりも、あなたと出会うきっかけになった曲をあなたが覚えていてくれたことが、私はとても嬉しかった。
『待ってて』
2/13/2024, 12:17:40 PM