通り雨
いっそ土砂降りになってくれれば
傘を差し出す手が
こんなに怯えていることも
悟られなかったはずなのに。
ずっと嵐でいい
この世の終わりのような顔をしたくせに
何事もなかったように
カラリと晴れるなんて許せない
向こうの空に晴れ間が見えて
わずかな相思相愛は隔たれた
また空が泣いたら
ここで会いましょう。
秋恋
16歳の時、抗えないまま受け入れた関係があった
たった1ヶ月で散ったけれど、強烈に記憶に残っている
ばいばい、と泣きながら別れを告げてきたのは
16歳歳上の、既婚者の同性だった。
会ったこともない、声しか知らない
けれど、別れた人に私がそっくりだったと
私を通して、その人を見てしまっていたと
苦しそうに教えてくれた
いかに傷つけてしまったか。
風が涼しくなってくると、息が浅くなる日がある
10月2日。あの人の誕生日。
お別れを言うのが、誕生日だなんてあんまりだから
10月3日にした。
素直なあなたは私の、身勝手な弱さを
丁寧に聞いて、絞り出すような了承を発した。
感謝と謝罪と、理屈と道理では押し殺せなかった感情が
人間らしさに塗れていた。
金木犀が香る昼下がり、幸せそうに話すあの人は
私に許され、社会的には罪を犯していた。
忘れられない秋の過ち。
過ちと言い放つには
お互いが弱かった。
心の隙間の形が
偶然にも合わさってしまった。
ぐずぐずになった声の「ばいばい」と
電話の切れた音が
弱さとは何かを学ばせた。
夜明け前
陽が顔を覗かせるまでが
一番暗いことなど、とうに知っている
私もあなたも、痛いほど理解している
暗い部屋で目が覚める。
慣れ親しんだ部屋は恐ろしいほど静かで、途端に私は孤独に襲われた。
じわじわと焦りが広がり、非力さを痛感した在りし日のワンシーンが、着実に脳内へ侵入してくる。
意思とは無関係な記憶の再現に、インターホンもノックもありはしない。
動悸だけが私の生きる証拠となって、早くこの波が過ぎ去れと願う。
耳を澄まして安心を探す。
あなたが微かな寝息を立てていることに気づく。
不覚にも安心を得る。この心のヒビに染み入るような感覚は、未だ言葉にならないまま、内心でゆらゆらと揺れている。
名前の付かない関係のまま、私は眠るあなたと手を繋いだ。
2人暮らしでもなく、転がり込んできたのはあなただけれど、こうして柄にもなく縋ってしまうのは、あなたが誠実だとわかっているから。
「なに」
いつの間にか目を覚ましたあなたが伏目がちに言う。握り返された手が暖まっていく。
「なんか怖かった」
「そっか」
嘘をつかなくてよかった。
なんでもないなんて、思ってもいないことを口にしなくてよかった。
誠実で優しいあなたは、そっと私を包んで二度寝に連れて行った。
次に目を覚ますのは、陽の光のもとだという確信が、再び睡魔を呼び戻した。
暖かい安心に乗って、あの恐ろしい情景が消えた。
本気の恋
わかりやすい告白などで表せるほどの
単なる好意ではないことに気づいてしまった。
愛にまでなってしまった好意を
伝える度胸は備わっていないから
まるで赤の他人に向けるような、無関心な顔をして
誰よりもあなたに
健やかであって欲しいと願う
喪失感
あなたは目を離したら
この真っ白なシーツに溶けていってしまいそうで
私は無意識に手を握った。
だから嫌だったんだ
大切や大事を知ることから逃げていたのは
目の前にある最悪の展開を避けたかったから
卑怯な私を、愚直に包んだりなんかするから
こんな、道端の塵を愛したりなんかするから。
「...馬鹿」
「へへ、ごめんね」
支えることも、伴走することも教えてくれて
いっそう命に未練が生まれて
それならば、開き直って謳歌してやろうと
震える足をなんとか前に、出したと、いうのに。
やっとのことで、呼吸をし直したというのに。
この期に及んで斜に構えたがる脳が邪魔で
「どうせ、の予想が当たっただけだろ」
などと宣う、脳にこびりついた天邪鬼を刺し殺す。
空っぽになった脳から、ぎりぎりと痛む胸から
持て余すほどの幸福が思わず噴出する。
真っ直ぐに、迷いなく私を見つめるあなたと目が合う。
ぼろぼろと泣きながら、決して視線を逸らさない。
もう二度と逃げない。
あなたが瞬きをする。
今、私達は察した。
終わりを学ぶあなたと、今世を受け止める私は
どちらからともなく、私達らしく、不器用に告げる。
「幸せだよ、この1秒が尊いよ、来世も一緒がいいよ」
「私も。約束するよ」
時に怯えてしまうほど素直なあなたは
あまりに綺麗に微笑んで旅立っていった。
上がった己の口角に気づく。
ああ、よかった。
私も笑い返せていた。