欲望
「もっと」
耳に齧り付くような声が
私を癒す
「いいよ」
まるで自分ではないような返事が、口をついて出る。
「ありがとう」
誰からも言われたことのない言葉が
私を生かす
このまま、せめて今日の終わりまで、このまま。
同情
「あなたは悪くないよ」
「あれほど叩かれる理由など、あなたにはないよ」
「そうだよね、その通りだと思う」
「でも、あの人が加害に走った理由もわかるんだ」
優しい聞き手と、元凶を憎みきれない私。
私を咎めたくない気持ちも、痛いほどわかって。
それは私も、いち聞き手だからで。
あなたも同じように、理不尽を飲み込んできたからで。
癒す者同士の、堂々巡りの会話
出口の見えない、被虐者の甘さ
厳しさを持てない、洗脳の行く末に
私たちは、共感だけを生き甲斐にしてしまった。
今日にさようなら
幼少期に
夜になると「今」が消えてしまうことを知って
どうしようもなく寂しくなったことがあった
目の前には「明日」だけがあって
無くなっていく現在を
取り戻すことはできないとわかって
それがなぜか怖かった
素直に
「おやすみなさい」が
あの日は言えなかった。
お気に入り
登録も追加も必要ない
些細なことをふたりで積み重ねたい
今日使った入浴剤の香りについて話して
一緒にお茶を飲みたい
「湯呑み、どれがいい?」
「陶芸体験で作ったこれ!」
「いつものやつだね」
「うん、育ててるの」
少し不恰好な湯呑みで
いれたてのお茶を啜った
「美味しゅうござんす」
「良きかな、ほな2杯目じゃ」
ふふ、と微笑む。
明日は何をしようか。
待ってて
ふと目が覚めた。
どこか怯えをはらんだ手つきで
君が私のシャツを掴んでいた。
まるで子供みたいに
行かないで、って言いたげに
小さな顔を首元まで埋めて離れない。
さらさらとした髪をそっと撫でて、少し震えている体を受け止める。
「どうしたの」
しばらくして、掠れるような、小さな声が返ってきた。
「こわい夢、みた」
午前3時、朝はまだ遠い。
私はその細い体を毛布でふわりと包み、あやすように抱きしめた。
「ここにいるよ、次の夢で会いに行くよ」