奴の屋敷に着いて真っ先に向かったのは奴の使い魔のコウモリの小屋だ。
だがここには居なかったようで、屋敷の玄関へ向かう。
ドアを開けると黒い影が覆い被さってきた。
自宅での飛んでくるフライパンを思い出す。
が、その影は頭の上に力無く乗っている。コウモリだった。
リビングへ行くと相変わらずテーブルの上に奴の首が置かれている。
周りに皿やスプーンが散らばっているのはこのコウモリが主の世話をした後の痕跡だろう。
首は窓の方に向けられており、自分たちは真後ろに居る状態だ。
死んではないだろうから奴は後回しにするとして、コウモリを頭から下ろす。
そしてカバンから1枚のセーターを出すとコウモリを包むように巻き付けた。
それから暖炉に向かい火をつける。
この前準備したばかりのロッキングチェアにコウモリを移動させ、ようやく奴の顔を見る。
目がガッツリと合った。起きていやがった。
すまんが、ワタシも暖炉のところに連れて行ってくれないか?
そう言ってどうやっているのか、ちょこちょこと回って暖炉の方を向く。
仕方ないので奴の首を持ち上げ暖炉前のサイドテーブルに置いてこちらにもセーターを被せる。
自分もセーターを着込み、もうひとつのロッキングチェアに腰掛ける。
今日はこのまま暖炉とセーターの暖かさに寝てしまいそうだ。
全く、いつになったらこの吸血鬼は回復するんだ。
(セーター)
ちゃんと戻ってきてくれた事に感謝してるんだろうな。
数日で謹慎命令が解けた。
なぜこんなに早く、それに追加処分が増えもせず解けたのかは不明だがありがたいことには変わりない。
妻からのフライパン殴打愛情表現を受けつつ久しぶりに自宅から外に出る。
玄関バルコニーの横に何か居るのが気配で分かった。
横を見ると、コウモリがぶら下がっている。
奴の使い魔のコウモリだ。なぜここに居る!!?
オレの姿を確認すると1枚の紙を落としフラフラと飛んで行った。
落ちていく紙をなんとかキャッチして確認する。
拙い字で『アルジオキナイサムイ』と書いてあった。
コウモリが書いたのだろうか?
奴の事も心配ではあるが…いや、心配してどうする!と思いつつも体はもう動き出していた。
妻のフライパンを掻い潜り、カバンに物を詰め込んでいく。
仕事は仕事だと言い残しオレはまた奴の屋敷へと急ぐ。
カバンから時々落ちていく服や小さな道具に気付かない程に急いで。
(落ちていく)
あの街、宝物だもんね。奴も含めて。
いきなりだが実はオレには妻がいる。
とは言ってもこの仕事に就いてからはすれ違いばかりで会えていなかった。
ヴァンパイアハンター協会からの謹慎命令を受け、自宅待機となった。
久しぶりの自宅だ。妻は居るだろうか?ドアを開けて家に入る。
目の前に何か飛んで来て、そこから記憶が飛んだ。
目が覚めるとベッドに寝ていた。
ベッドの横には妻がフライパンを持って立っていた。
久しぶりだ。と言うと、フライパンでコーン!!と叩かれた。
「アンタね!妻ほったらかしていきなり帰ってきて!あーーーもう!何か食べる!?仕事はどうしたのよ!?ほら!着替えて!」
そう一気に捲し立ててまたフライパンでコーーン!!と叩いてきた。
妻の非常に危ない愛情表現だ。フライパンで殴打する事が。
多分、ドアを開けた時に飛んできた物もフライパンだったのだろう。
そのフライパンは今、コンロの上でジュウジュウと卵を焼いている。
夫婦の間だけで伝わる愛情表現についつい顔が綻んでしまうのは、オレが俺だからだろう。
(夫婦)
フライパンは危ない。殴打されても無事なハンター君も危ない。
先日の争い事から数日経った。
ヴァンパイアハンター協会からの通知書を読んでどうすればいいのかと頭を抱え椅子に座っていた。
「対吸血鬼特戦部隊」の邪魔をした事への責任追及の通知だった。
もうひとつの事への対処もしなければいけない。
リビングテーブルの上に置かれた奴の首だ。
襲ってきた吸血鬼はすぐに倒したようだが、邪魔しきれなかった特戦部隊に首を斬られて今の状態になっている。
飛ばされた首を拾い逃げ回ってどうにか屋敷に戻ってきたのだ。
この首もどうすればいいの?と奴使い魔のコウモリが周りをパタパタ飛んでいる。
ただ、この吸血鬼、流石に不死であるようでこの状態でも生きてはいる。
先程1回、あくびをしたから間違いないだろう。
2つの問題に対応するには1つの頭では考えがまとまらない。
こいつは一旦コウモリに任せて、協会へ赴いてくるのがいいだろう。
そう準備を始めた時、一瞬の視線を感じた。
コウモリがドアにぶら下がってどうすればいいの?って顔で見ている。
お前の主人だ、側に居てやれ。
そう言ってオレは協会へ急いだ。
(どうすればいいの?)
不死でも首だけだとどうすればいいのか分からないよね。
(お知らせ、しばらくこのシリーズが続きます)
その日は朝から街全体が静まり返っていた。
3日前に吸血鬼の元に届いた一通の手紙が原因だ。
『3日後にお前の宝物を奪いに行く。お前の1番大切な宝物を壊す喜びをくれないか?』
手紙にはそう記されていた。
この吸血鬼をよく思っていない他の吸血鬼が躍起を起こしたのだという。
ヴァンパイアハンター協会からも「対吸血鬼特戦部隊」が動くとの知らせが来ている。
奴は街の郊外で既に待ち構えている。
屋敷から出る際に奴はこう言い残して行った。
「この街全てが宝物だ。ワタシを受け入れてくれた人々が宝物だ。大切な場所だ。アイツは何も分かっていない。大切じゃないモノなどこの街には無い。石ころ1つでも傷付けたらワタシは容赦しない。」
あそこまで怒りと覚悟をもった表情を見たのは初めてだ。
それだけこの街が大切な宝物なのだろう。
オレは、少しの躊躇いの後屋敷を飛び出し、特戦部隊の足止めへと走った。
オレにとってもこの場所は大事な宝物になっていたようだ。
(宝物)
本気の吸血鬼さん、自分の行動に躊躇いがあるものの走り出したハンター君、宝物を守れよ。