トリシアは病気の祖母の見舞いに森を歩いていた。
すると少し開けた所に茶会のテーブルセットがあった。こんな所で何処の貴族がいるのだろうかと面倒には巻き込まれないように周囲を見渡してみると声が聞こえた。
「そんなに急いで何処へ行くの?」
誰だろうかとふと気になり茶会のテーブルを見ると1人の淑女がお茶を楽しんでいた。
トリシアは自分に話しかけられたのではないと歩き出そうとすると
「お見舞いにいくのね。」
と周りにはトリシアしかいないので
「祖母の見舞いに。」
と返答すると
「契約をしましょうか?おばあさんの病気を治すために必ず治る薬を差し上げましょう。」
トリシアは魅力的な申し出ではあるが淑女が誰だか分からないので
「あなたのお名前を伺っても?」
「私は北の魔女、メリンダよ。」
祖母から聞いたお伽話に出てくるような魔女と遭遇して驚いたが魔女の契約には代償が必要なことを祖母から聞いていたので
「何と引き換えなの?」
「祖母との思い出はどうかしら?」
「他に良い条件があるかもしれないから少し考えさせてください。」
とその場を離れた。
また少し歩いていくと今度はリンゴが落ちて来たので上を見ると女の子が枝に座っていた。
リンゴを拾って渡そうとすると
「私は東の魔女のベティ、リンゴを拾って貰ったお礼に契約をしましょうか?」
「契約の条件は?」
「おばあさんの病気を治すために必要な最高の医師を用意しましょう。引き換えにあなたの勇気を。」
「他に良い条件があるかもしれないから少し考えさせてください。」
とまた歩き出した。
坂道を登りきると岩の上に座り鍋を見ている老婆がいた。
通り過ぎようとすると
「そこの嬢ちゃん、待ちな。おまえさん魔女にあっただろう?南の魔女クレアがお前の困りごとを解決してやろう。」
「契約の条件は?」
「おばあさんの病気を治すために必要な大金を用意してやろう。代償はお前の若さを。」
「他に良い条件があるかもしれないから少し考えさせてください。」
南の魔女をやり過ごしもう少しでおばあさんの家という所でトリシアと同じ年頃の少女がいた。
「こんにちは。私は西の魔女のシンシア。私が相談に乗るわよ。」
トリシアは今までの魔女の契約の話をした。
「契約を結ばなかったのは懸命ね。魔女は嘘はつかないけれどわざと隠していることはあるかもね。」
「そうなんだ。」
「私と友だちになりましょう。そしたら助けてあげるわ。」
「これは契約なの?友だちが出来るのは嬉しいけれど契約を結んだ代償はなに?」
「契約というか交渉ではあるけれどある意味、契約になってしまうかもね。私の代償はあなたと遊ぶ時間がほしいわ。」
トリシアは長い事考えて答えた。
「シンシアは何歳なのかしら?」
「レディに年齢を聞くなんてね。まぁいいわ、魔女としては若いほうだけど756歳よ。」
トリシアは困った顔をして
「シンシアと流れる時間が違うから残念だけど友だちにはなれないわ。いろいろとありがとう。」
と言っておばあさんの家に向かいました。
家に着いておばあさんに魔女と出会ったことを話しました。
「お祖母様、ごめんなさい。魔女の薬は飲んだら病気が治っても副作用が怖くて貰えなかったの。
お医者様は信じられるけど私が勇気を無くしたら私ではなくなってしまう気がして。お金はあってもお祖母様の病気が治るか分からないし私の若さをあげてしまったら元気になったお祖母様に会えなくなるのが辛かったの。最後の魔女はお友だちにって言われて少し嬉しかったのだけれど魔女の一日は人間に換算したら何年になってしまうか分からなかったから・・」
お祖母様は優しくこう言いました。
「良いのよ、トリシア。あなたが自分で選択して勇気を持って決断したことはあなたがあなたであること。それが1番『大切なもの』なのよ。それが出来たトリシアが誇らしいわ。」
そう言ってお祖母様はトリシアの手を包みました。
『大切なもの』
「最近、仕事が忙しくてさ、ごめんね。今日はのんびりしよう。」
付きあって3年が経つ彼と久しぶりのおうちデート。本当は外に出かけたかったけど仕事で疲れた彼をゆっくりさせてあげたい気持ちが勝って家に遊びに来た。
「お腹はすいてる?」
「うん。」
「なんか作ろうか?」
「食材あったかな?無理しなくてもいいよ。」
そんなに自炊が得意ではない彼だから大したものは
入ってないだろうけど冷蔵庫を開けてみた。
冷蔵庫を開けた瞬間、違和感を感じた。
作りおきのおかずなのか、残り物をタッパーに詰めたのか、そんなマメさは彼にない。
「昨日何食べたの?被ったら嫌だからさぁ。」
「何食ったっけな?覚えてねーな。あーパスタだったかな?」
黒に近いグレーである。
「ふーん。使えそうなものあんまりないから炒飯で良い?」
「うん。」
また調味料の引き出しを見ると見慣れない調味料が入っていた。
あいつ調味料とかこだわるタイプじゃないしなと思いながらも炒飯を仕上げて彼の前に置いた。
「どう?美味しい?」
「ああマジで上手いよ。」
「調味料のおかげかも。」と微笑んだ。
御手洗借りるねと席を外し、気を張らないと泣きそうなになりそうな鏡で確認しようとふと視線をやるとシャンプーの影に女性物のヘアオイルがあった。
「100パー、黒じゃん・・・」
とつぶやいた。
部屋に戻ると彼は炒飯を食べ終わっていて上機嫌だった。
「なんかあったの?元気ないじゃん。今度さディズニーリゾート行くか!」
と彼は嘘をついた。
何故嘘だと思うかと言えば、以前から並ぶの嫌いと言って1度も行ったことがないからだった。
「もぉそんなこと言って今日はエイプリルフールだって分かってるから!」
「バレたか。」と無邪気に笑う彼だったが
「ねね、エイプリルフールって知ってる?午前中は嘘ついて良くて午後は真実をバラして終わるのが正式らしいよ。」
「へぇー!今11:58分だからセーフだな。」
「そうだね。もう3年も付きあってきたから何となく分かるよ、嘘は。女の勘は鋭いしね。」
「なんだよー。分かんないかもしれないだろう?」
「そうかもね。私たち別れようか。」
「えっ?またベタな嘘だなぁ。」
と言う彼を見つめた。
「なに?」
視線に耐えきれず彼は視線を逸らし誤魔化すために時計を見ると12:02を指していた。
「えっと12:00過ぎてんだけど?」苦笑いした彼に
私は
「他に女の子いるよね。真実をバラす時間だけど?」と彼に問いかけると彼は瞬間息を飲んでしまった。
「私が嘘ついたか真実を話したかわかった?」
といって部屋を出て行った。
『エイプリルフール』
元カレの結婚式に呼ばれた。
円卓を見回すとどうも歴代の元カノ達らしい。
どういう神経なのか?どういう意味なのか?
モヤモヤしつつも出席を決めた私も相当物好きなんだろうなと思った。隣のテーブルを見ると新婦側の友人ということになっているがこちらも男性ばかりでもしかして新婦の元カレ達なのかと邪推してしまう。
粛々と披露宴が進む中キャンドルサービスで新郎新婦が各テーブルを回っている。
私のいたテーブルの1人の女性がロウソクを湿らせてちょっとした意地悪を仕掛けている。
その間にまた別の女性が
「結婚おめでとう!けど何で招待してくれたの?」
いやここで聞くか?と私は思いながらも気になっていた事でもあるので返事を待った。
「皆幸せになってほしいからさ。出会いの提供みたいなもん。」
おめでたい頭である。余計なお世話だが、悪気無しにいうその笑顔で毒気を抜かれてしまった。
あーそうそう!この屈託のない笑顔が好きだった。
けど誰にでも優しい彼に自分だけが特別ではないと気づかされて耐えられなくて自分から別れを切り出したんだった。
そう思うと新婦の先の気苦労が思いやられる。
あるいは類は友を呼ぶでお互い様でお互いに自分が特別だという自信でお似合いなのかもしれない。
宴もお開きになり流石に2次会は付き合いきれないと駅の方面に歩いていると
「あの・・」
と声をかけてきたのは凄く顔立ちは良いのに何か残念な雰囲気を持った青年だった。
「はい。何でしょうか?」
「聞きたい事があってコーヒーでも如何ですか?」
朴訥な様子のイケメンが気の毒になって
「良いですよ。」
とカフェに向かった。
コーヒーを注文し頃合を図って余りにも切り出さないので水を向けた。
「それで聞きたい事というのは何でしょう?」
耳を真っ赤にしながら
「あの披露宴に出てた人達って・・」
「ああ、そうですね。新郎新婦の元カレ元カノ達らしいです。」
「やはりそうでしたか。何を考えているんだか。」
「私のいたテーブルでは直接聞いた人がいて、出会いの提供ですって。」
「はぁどうりで2次会の盛り上がり方が異様な気がして僕は場違いかなって帰ろうと思っていたのですが同じような方がいたので思わず声をかけてしまいました。」
これも出会いなんだろうか?何となく気になって
「これも何かの縁なんですかね?せっかくなのでラインでも交換します?」
「はい。」
とラインを交換してその場は別れたが何故か飲み仲間になった。
まっ元カレの言うとおりになったのもシャクだが
「どうかお幸せに」と思えたのだった。
『幸せに』
首都圏の電車の混雑率は250%を超えると殺人的だ。混雑率が200%だと圧迫を感じるが週刊誌が何とか読めるレベル、混雑率が250%だと電車が揺るたび体が斜めになって身動きが取れないレベルである。コロナ以降大分混雑率が緩和して来たが20年前のJRは250%が毎日だったのである。
恵理は都心に通勤するため、毎日混雑率250%の電車に乗らなければならない。毎朝が憂鬱だが郊外から通う恵理はラッシュアワーを避けようと始発に乗っても回避は無理だった。
駅員さんに押され何とか扉付近に乗り込むと電車が発車した。次の駅につくと降りる人と乗り込む人のなだれが苦しい。
恵理は毎朝耐えながら会社勤めを頑張っていた。
都心に近づくにつれ乗車率がエグい事になっていた。
「ドンッ。」
人に押され恵理は扉に張りついて身動きが取れなくなってしまった。
反対側のホームの扉が空くとこちら側は押されに押される。降りる人も必死だからだ。
ホームにいる人から見つめられた。
恵理はもみくちゃになっている満員電車を気の毒がる人の視線なのかなと感じた。
更に別のサラリーマンから見つめられるというよりは凝視されている。
なんだろう何かがオカシイ。2人の視線だけではなくホームにいる男子学生の連れ合いがこちらに視線を向けて二度見してきた。
いよいよおかしい。恵理は何故なのか分からず寝癖が酷いのだろうか?満員電車過ぎてメイクがよれたのか?正解が分からず身の置きどころがない。
男性から好意の視線を向けられることも無くは無いがそういうときはチラ見が多くバレてないだろう的な視線が来る。
見つめられるしかも時が止まったような凝視は何か変だ。そんな考えも会社の最寄り駅に到着し、やっと電車を降りて恵理は一息つき、もみくちゃになった身なりを直そうと下を向くとそこにある物がなくなっている。
「これか!」
恵理のブラウスの第2ボタンがはじけ飛びピンクのブラジャーが露わになっていた。
公衆の面前で醜態を晒していたのかと思うと恵理は恥ずかしさで倒れそうになった。
「お気に入りのブラウスだったのにー。」
恵理は初めて会社を辞めたくなったのだった。
『見つめられると』
『My heart』
あなたは毎日の通勤の車の中で大好きなセリーヌディオンの『My heart will go on』欠かさず聴くと言ってた。
知り合って最初の頃、バツ1で子持ちだけど子どもとは離れて暮らしているとそんなあなたが和訳を知っているかどうか分からないけれどタイタニックの主題歌で有名なこの曲をどんな気持ちで聴いているのか気になって仕方なかった。
同じ年頃の子どもの親として相談したりされたり
大人になってからの友人は得がたくて気があって色々な話をした。
あなたは不器用で無骨でそれでも他者のために骨身を削って人助けに奔走する人だった。
人をあまり信用出来ない私は何故この人は他者のためにここまでするのか?お人好しにもほどがある、
裏があるのではないか?自分を押し殺して辛いのではないか?と好奇心が疼き始めた。
そして私の悪い癖だが自分が母子家庭に育ち愛着障害気味なので自身を他者に投影して可哀想がる事があった。自分の事では泣けないのに映画や小説、漫画あるいは知り合いの状況で片親の辛い状況を嘆き悲しんでしまうのだ。
そしてあなたに離れて亡くなった父親を重ねてしまって愛情を持ち始めてしまったのだ。
私は親子なら適切な他者なら不適切な距離感でストンとあなたの心の中に入ってしまったのだろう。
あなたの寂しさに欠けたピースを私が埋めてしまった。タイミング的にも1人の生活の寂しさのピークにあり離婚で傷ついた経験がトラウマとなって頑なになっていたあなたをそっと包み込むように愛してしまった。あなたは責任と自由の間でもの凄く時間をかけて考えていた。
そして私は愛し方の違いやあなたが苦しんで傷ついた心を癒やすのではなく私のせいで新たに悩んでいるのかもしれないと気づいた時離れる決心をした。
始まりは間違いだったかもしれないけれどあなたの存在に魂に揺さぶられ気づきあなたも私の存在を感じて愛されている喜びを知り勇気づけられ素のままで無邪気に自分を出せるようになったこと。
離れていても私の心はあなたと共にあるわ。
そして『My heart will go on』を聴いた時は、あの人ではなく私を思い出してと願う。