「先生っ!」
おかっぱ頭の少女が、窓に腰をかけている『先生』という女性に声をかけた。
「おや。十花じゃないか。」
先生は優しい声色で、長女の名を呼んだ。
両者ともに美しい青色の瞳だった。
「祭りの日だよ?下の子達と一緒に遊んでおいで」
先生は、なだめるようにして少女に言う。
少女は眉間にしわを寄せた。
「馴染めなかったのかい?一華も八花も居るのに」
先生は心配しているようだった。
「いっいえ!そういうわけではありません!
ですが、
祭りの雰囲気があんまり好きではないのです。」
「はははっ」
先生は、鳩が豆鉄砲をくらったような顔したが即座に笑顔へと変わった。
優しく少女の頭を撫でる。
「そうか。そうか」
「先生。先生は何をしておられたのですか?」
頭を撫でられて幸せそうな顔をそのままに、少女は疑問を問う。
「お星様に願いを込めているのさ。
お前達がいつでも幸せに生きますようにと」
先生は、窓の外の星を見つめた。
「楽しいのですか?」
「嗚呼。お前はきっとわかるから」
雨、止まないかなぁ。
抱きしめた。
物事の全てを覆い隠すように強く優しく抱きしめた。
なぜ?
なぜなのだろう。
よくわからないけれど、
腕の中の私は泣いていた。
「大丈夫。大丈夫。」
優しく背中を撫で優しい声を耳元に落とした。
「辛いのはいつまでも続かない。辛い分だけ幸せは訪れる。あなたはそれを待てばいい。」
「大丈夫。大丈夫。」
───腕の中の私は泣いていた
「洒落喰一族」
その一族に産まれれば、その呪縛から逃れることはできない。
私は自由ではなかった。
いや、一族全員が自由ではないのだろう。
御三家の次に並ぶ、九つの家の一つ。
一条家の長女として生まれた私は、人としての生き方を知らない。
10歳で当主になった時、背中には蝶紋様の焼印を入れられた。
12歳の時、師匠から一品のペンダントを受け継いだ。
15歳の時、洒落喰一族御当主様から赤色の髪飾りをいただいた。
20歳の時、元一条家当主こと父から
一条当主としての証の耳飾りをいただいた。
これら全ては私を強く縛り付けた。
まどろみの中、目を開けた。
体にへばりつく溶液を必死に振り払おうとしても、離れてはくれない。
“先生”は、私のことを“ベクトル”と呼んだ。
上からくる薄暗い光に照らされて、
ポラリスと言われる実験体カプセルの中で
私はただ、耳をすませた。
No.0883─「最後の受信」
お題「また明日」