月森

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5/7/2023, 6:24:51 AM

喫茶店で好きな人とお茶をする。
私の至福の時間だ。
何の生産性もない、下らないお喋りも、
君が相手というだけで、至高のものになる。



 ゴールデンウィークはどこへ行ったとか、何を食べたとか、そんな話を舌の乾きも忘れて楽しそうに話す君に、私は時折相槌を打ちながら、静かに耳を傾けていた。

 ふと、何気なく開いていた雑誌のページが目に止まる。そこには「もし明日世界が滅ぶとしたら、何をする?」なんて定番の問いかけに、アイドルグループが答えた記事が載っていた。何を思ったのか私は、それをそのまま口に出していた。

「ねぇ、もし明日世界が滅ぶって言われたら、君はどうする?」

 私の唐突な質問に、君はキョトンとした後、百面相してから笑って答えた。

「何していいかわかんないや」
「だよね、私も」



 実際、明日世界が滅ぶと言われたら、残された時間ではとてもやりきれないやり残したことが山ほどあって、きっとアタフタするばかりで何をしていいか分からないと思うし、何より死ぬのが怖くて堪らなかったと思う。今までの私なら。

 今は、目の前で左の薬指の指輪を幸せそうに眺めている君のおかげで、すべてどうでもよくなった。ああ、私、もう何もやりたいことなんてない。誰かから自分が愛されてるって、心から思うことが出来たなら、きっと死ぬのだって怖くないんだろうね。



「おまたせ」
 ひとりの男が声をかけてきた。その声を聞いた途端、君はすぐに椅子から立ち上がり、男の腕に抱きついた。
「待たせ過ぎだよ!」
「ごめんごめん、ちょっと急な仕事入っちゃって」
「今日は好きなだけ買い物付き合ってもらうから!」
「分かってる。じゃあ、行こうか」
「うん!じゃあ、またね■■ちゃん!」
「…うん、またね」
 私は、喫茶店を出ていく二人の背中を見送った。



 もし、明日世界がなくなるとしたら、何を願おう。本当に欲しいものが手に入らなかった世界の唐突な最期に願うなら、きっと。

『幸せな君にも、不幸せな私にも、平等に優しい死が訪れますように』



喫茶店で好きな人とお茶をする。
私の至福の時間だった。
何の生産性もない、下らないお喋りも、
君が相手というだけで、至高のものに思えた。



 ガラクタを宝物へと昇華する魔法は、もうすっかり解けてしまった。だというのに、胸にできた見えない傷は、まるで現実とは思えないほど現実的な痛みで。
 人目を憚らず、子どものように泣きだしたい衝動を必死に抑えながら、私は小銭で肥えた財布で二人分の会計を済ませた。

4/19/2023, 4:22:22 AM

 私の失敗は、他人に自分の世界の色塗りをさせてしまったこと。自分の筆と絵の具で塗らなければいけなかったのに、君の気まぐれにすべてを委ねてしまったこと。君が染めてくれる色が心地良くて、それに依存してしまったこと。

 唐突に、君が私の前からいなくなってしまった日から、無色の世界に私は住んでいる。筆と絵の具の使い方をすっかり忘れてしまったせいで、世界に色を付けられずにいる。今までと同じ場所で生きているのに、まるで違う次元に来てしまったような、同じ景なのに、色がなくなるだけでこんなにも変わってしまうものなのかと驚いた。

 

 しばらく経ったある日、私はモノクロの世界に桜色の君を見つけた。見つけてしまった。まったく神様というのはどうしてこうも悪戯を好むのか。住む世界が変わって、もう2度と会うことはないと思っていた君と、今の私を邂逅させるなんて。
 君のグラデーションだけは覚えていた私は、君が桜色のわけをすぐに理解した。隣にいる私の知らない誰かに向けるその笑顔で、また正面から刺されたかった。でも今それは、背後からしか突き刺さらない。目には見えない筆を私は強く握りしめた。パレットを失くして久しい私に今使える色は、ただ1色。

 常闇を思わせる黒。

 私の世界を染めてくれた君に、今度は私の筆でお礼をしよう。絵心なんてないから、塗り潰すことしか出来ないのだけど。









 なんて、我儘な恨み言のひとつも言えたら楽だったのに。私の色なんてもう覚えていない君の背中を見送る。世界が無色なのは自分のせいであると、分別ある私は知っているから。私が今すべきなのは、筆と絵の具の使い方を1から学び直すこと。それで今度こそ、自分で自分を染めること。健全に救われたいのなら、そうする他ない。

 私だっていつか、君より綺麗な桜色に自分を染めて見せるのだから。

4/16/2023, 9:56:43 AM

 1枚の郵便ハガキが届いた。宛名は私。差出人は5年前の私。中3の時の社会の授業で書いた“5年後の自分へ宛てた手紙”だった。内容は忘れた。そんなものを書いたな〜という記憶だけがぼんやりとある。

『5年後の私へ お元気ですか』
平凡な出だしだ。

『いい加減2次元に恋をするのはやめましたか?』
うん、やめたよ。今はドルオタしてる。

『恋人は出来たでしょうか』
出来たよ、3股が判明して昨日別れたけど。

『念願のポメラニアンは飼えましたか?』
ポメラニアンを買いに行ったペットショップで、一目惚れしたノルウェージャンフォレストキャットを飼ってるよ。

そうして延々と下らない質問が続いて、終盤。

『最後に、さっちゃんたちとは、今も仲良くしていますか。特にさっちゃんは…』

 ふと、足元にハガキが落ちていることに気付いた。拾い上げると、それもまた過去からの手紙だった。宛名は隣の家のさっちゃん。郵便屋さんが落としたのだろう。少し悩んだが、私はそれを読んだ。分かっている。人の郵便物を勝手に読むことは罪だ。でも、私は読まずにはいられなかった。




『5年後の私へ。

5年という月日で、きっと私は色んなことを経験したよね。楽しいことがたくさんあったならいいな。私のことだから、つらいことでとても挫けていると思うの。でもね、大丈夫よ。私には素敵なお友達がいるから。みっちゃんたちと誓ったの。大人になっても友達でいようねって。つらいことがあっても皆で励まし合って生きていこうねって。だから、大丈夫。


でもね、大人になるってことは、今よりやらなきゃいけないことが増えて大変になるってことなの。だからね、もしかしたら、お友達と一緒にいられなくなってることもあると思うの。ひとりになってるかもしれない。その時は思い出して。私は何があっても私の味方よ。未来の私が健やかに生きられていることを、5年前の過去から祈っているね』



 私はハガキをお隣へ持っていった。インターホンを押すとさっちゃんのお母さんが出てきた。私がハガキを渡すと、お母さんは泣き崩れた。さっちゃんは、1週間前に自殺した。


『特にさっちゃんは元気でしょうか。あの子はいろいろ考え過ぎるところがあるので心配です。見ていてあげて下さい』


5年前の私たちの想いは、届かなかった。


届かぬ想い____

4/1/2023, 9:30:38 PM

 こうして手紙を書くのは久しぶりね。最後に書いたのは確か、去年の君の誕生日だったかしら。

 すごく唐突かもしれないけど、驚かないで聞いてね。今だから言うけれど、私ね、ずっと前から君のことが好きだったのよ。君に恋人が出来た時、初めてそれを自覚したの。馬鹿よね。私、何の疑いもなく信じていたのよ?君とは死ぬまで一緒にいられる、なんて。勝手にそんなことを思っていたの。だって、君と私は似た者同士だから。

 でも実際は、君と私は全然違ったし、君は私の隣からいなくなった。当たり前よね。結婚するってそういうことだもの。家庭を持つってことは、友人より優先すべきものが出来たってことだもの。
 あんなに人間不信だった君が、私の知らない誰かと幸せそうに笑っているのを見ると、正直苦しくて堪らないわ。心のどこかでは確かに祝福しているはずなのに、大半は呪いみたいな黒いものが淀んでいて、嫌になる。あの時、君と出会えた奇跡があったから、今私は此処にいられるのに、今はあの時死んでいれば、なんて考えてしまうの。君と出会えたから、誰かを好きになる幸福を知れたけど、そのせいで自分の度し難い醜さにも気付いてしまったから。



 物語を書くことは、私にとってのアイデンティティで、君のために今までたくさんの物語を書いてきたけど、もう終わりにするわ。君がもう、物語を読まなくなったから。読む必要がなくなったから。

 知らないでしょ?私が寝る間も惜しんで書いていたこと。君の喜ぶ顔が見たくって、書き続けていたこと。これからも、ずっと、死ぬまで書き続けたかったこと。

 たったひとりの読者のための物語は、これで終幕よ。

 この手紙を君が読み終える頃には、私はもう君と同じ世界の空気は吸っていないでしょう。言葉も声も届かない場所で、後悔と懺悔にくれていることでしょう。いっそ、願われない流れ星になって、燃え尽きてしまえたら幸せね。

 言われるまでもないと思うけど、伴侶のことは大事にするのよ?君がこちら側に来るのは、満腹になるまで幸福を味わってから。でないとそれこそ、本当に呪うのだから。

じゃあね、






















 そこで慌ててる馬鹿な君、手紙は最後までちゃんと読むものよ?カレンダーはめくったかしら?そう、今日は“エイプリルフール”。嘘吐きの日。

 ふふ、ごめんなさいね。今私、ひどい悲劇のような喜劇を書いているから、こんな嘘しか吐けなくて。
 執筆が落ち着いたら、そのうち君の新居に遊びに行かせてもらうから、その時はまた、君の話を聞かせて頂戴。

3/29/2023, 4:42:39 AM

 あなたにまっすぐ見つめられると、本当のことを話してしまいたくなる。あなたのこれまでの不幸は、みんな私が作ったものなのよって。なのに、あなたときたら「君がいたから、今日まで自分は生きてこられた」なんて言って笑うのだもの。何にも気付かない、本当に馬鹿な人。


嗚呼、だから、私、あなたを好きになってしまったのね。


『人間に恋をした疫病神』







 疫病神とは人に災いをもたらすもの。人に毛嫌いされるもの。けれど、君は知っていたかな?その疫病神に親切を1000回重ねると、福の神に反転することを。まぁ実際、疫病神にすすんで近付こうなんて勇気のある輩(若しくは本物の馬鹿)、なかなかお目にかかれないからね。

おや、でもあのふたり…
ふふ、もしかしたら、僕たちそんな奇跡の目撃者になれるかもしれないよ。

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