月森

Open App

喫茶店で好きな人とお茶をする。
私の至福の時間だ。
何の生産性もない、下らないお喋りも、
君が相手というだけで、至高のものになる。



 ゴールデンウィークはどこへ行ったとか、何を食べたとか、そんな話を舌の乾きも忘れて楽しそうに話す君に、私は時折相槌を打ちながら、静かに耳を傾けていた。

 ふと、何気なく開いていた雑誌のページが目に止まる。そこには「もし明日世界が滅ぶとしたら、何をする?」なんて定番の問いかけに、アイドルグループが答えた記事が載っていた。何を思ったのか私は、それをそのまま口に出していた。

「ねぇ、もし明日世界が滅ぶって言われたら、君はどうする?」

 私の唐突な質問に、君はキョトンとした後、百面相してから笑って答えた。

「何していいかわかんないや」
「だよね、私も」



 実際、明日世界が滅ぶと言われたら、残された時間ではとてもやりきれないやり残したことが山ほどあって、きっとアタフタするばかりで何をしていいか分からないと思うし、何より死ぬのが怖くて堪らなかったと思う。今までの私なら。

 今は、目の前で左の薬指の指輪を幸せそうに眺めている君のおかげで、すべてどうでもよくなった。ああ、私、もう何もやりたいことなんてない。誰かから自分が愛されてるって、心から思うことが出来たなら、きっと死ぬのだって怖くないんだろうね。



「おまたせ」
 ひとりの男が声をかけてきた。その声を聞いた途端、君はすぐに椅子から立ち上がり、男の腕に抱きついた。
「待たせ過ぎだよ!」
「ごめんごめん、ちょっと急な仕事入っちゃって」
「今日は好きなだけ買い物付き合ってもらうから!」
「分かってる。じゃあ、行こうか」
「うん!じゃあ、またね■■ちゃん!」
「…うん、またね」
 私は、喫茶店を出ていく二人の背中を見送った。



 もし、明日世界がなくなるとしたら、何を願おう。本当に欲しいものが手に入らなかった世界の唐突な最期に願うなら、きっと。

『幸せな君にも、不幸せな私にも、平等に優しい死が訪れますように』



喫茶店で好きな人とお茶をする。
私の至福の時間だった。
何の生産性もない、下らないお喋りも、
君が相手というだけで、至高のものに思えた。



 ガラクタを宝物へと昇華する魔法は、もうすっかり解けてしまった。だというのに、胸にできた見えない傷は、まるで現実とは思えないほど現実的な痛みで。
 人目を憚らず、子どものように泣きだしたい衝動を必死に抑えながら、私は小銭で肥えた財布で二人分の会計を済ませた。

5/7/2023, 6:24:51 AM