街角の人知れず建つ小さなカフェに
今日も誰かが此処に来る。
カランカランと来店の音が鳴れば仕事が始まる。
いらっしゃいませ、笑顔で迎えれば沈んだように見えるお客様。
「…此処ってこのカフェで合ってますか」
写真を見せられ拝見すれば
確かに此処の店の外装に見覚えのあるメニュー。
探して来てくれたのだろう、あってますよ!と言えばホッと安堵していた。
その方はこの席と同じ席って空いてますかと言うので確認をし店内を見渡すとちょうど空いている。
その旨をお伝えすればそこでお願いしますとのことなのでご案内をした。
席に座るお客様はメニューを見始めたので
お辞儀をしてその場を去る。
どうにも最初の表情が気になるので仕事をしながら見ているとピンポンとその席から呼ばれた。
「お待たせしました、ご注文をお伺いします」
「…珈琲…とこの紅茶
あと写真のケーキを2つ」
飲み物もデザートも2つ。
その注文に一瞬黙り込み首を傾げたが畏まりましたと
厨房に入る。
飲み物を即座に作られたケーキを丁寧にお皿に盛ると
席へと運ぶとその方はスッと向かいの席に紅茶とケーキを置いた。まるで誰かとお茶をするかのように。
そこで思い出した、私はこの方を知っていると。
以前よく来ていた常連さんが同じ紅茶とケーキを頼み美味しそうに食べていて、談笑もした。
ある日携帯を見せられてこの人私の旦那なの、いつか連れて来たいわ、こんなに美味しいんだからと
そう言っていた。
「っあの!」
「…はい?」
思わず話しかけると怪訝な顔をされたが
気にせず続けた。
今どうしても言わないと。
「奥さまが、貴方と食べに来たいって
だからっ!」
「……ふふ、ありがとう。
そう、僕も彼女の最期の手紙を見てねこの店の住所と感想が書かれていたから」
その人は嬉しそうに笑顔を見せるがどこか寂しそうにしていてあぁ、あの素敵な奥さまはもう来ないのかと心が軋んだ。
「また来るよ、その時はこうして
2人分と…同じ日に来てもいいかな?」
「っ是非!」
此処は小さな街角のカフェ。
素敵な誰かが来てくれる
待ち合わせの場所。
お題【誰か】
ねぇねぇ来る?
来るよ来る
もう近い?
まだ遠いよ
密々と話し声がする。
おかしいな、幻聴だろうか。
ぱちりと目を覚ませば森の中。
「…何処ここ」
自分は部屋にいた筈なのにと
冷や汗がだらり。
辺りを見渡すも人気はないし木が立ち並ぶだけだ。
あ起きた?
起きた起きた
ねぇ逃げて
まだ大丈夫だろう
再び聞こえる声に目を凝らすと小さな小さな羽根が生えた不思議な生き物。
恐らくこれは妖精と言われるものじゃないだろうか。
「…逃げてって何が来るの?」
会話は出来るのかと投げ掛けた質問に
妖精達は周りを取り囲んでくる。
重くて大きな足音がするの
こわーいやつ
早く逃げないと
生きたいでしょ?
どうやら状況は危険らしくて立ち上がる。
生きたい、こんなところで死ねない。
とにかくこの場所を出なければ。
何か良くないものが近づいてるみたいだから。
こっちこっち
来てる来てる
早く早く
走って走って
距離的にはまだ遠いらしく自分には分からないが
彼らには聞こえるらしい。
言われるがまま導かれるままに
足を向け走っていく。
聞き取れぬ遠い足音に背を向けて。
お題【遠い足音】
青々と生い茂る木を自宅のベランダから
頬杖をつきながら見下ろす。
道路を挟んですぐ前にある公園では四季折々の木々が楽しめた。
春には桜、夏にはサルスベリ
秋には紅葉やイチョウ、冬には椿。
旅行をせずとも四季が楽しめちゃうこの場所を
存外私は気に入っている。
夏の暑さから一転し空気は肌寒くなり
そろそろ衣替えをする時期に差し掛かっていた。
周りを見てもちらほらと長袖を着ている人達が目に入る。ちょっと前まではみな半袖だったのに早いものである。
そしてあっという間に冬になり1年が終わるのだろう。
それはそうと、と意識を再び木に向けるも青い葉は変わらぬ姿を見せていて落胆する。
紅葉は湿度が適切でないと赤い葉を見せてくれないらしい。よく川辺に咲いてるものも見かけるだろうが、そこは適度に保たれているからあんなにも美しく真っ赤に染まるんだろう。
あぁ早くこの木も赤くなってくれないかな
そうすれば私のこの沈んだ気持ちを持ち上げてくれるだろうに。
ふと目の前をアキアカネが飛んでいく。
その事に目を瞬きさせるとフッと笑みがこぼれた。
「秋の訪れはそっちが先だったかぁ」
まるでこれからだよとでも言うかのように去っていったので肩の力が抜け心がフワッと軽くなる。
秋の訪れ
それは些細なところから
お題【秋の訪れ】
何もかも諦めた人生だった。
夢も恋愛も上手くいかなくて
まぁ諦めが肝心だって言うでしょ?
だからさ勝手に自分で区切りつけてポイって
捨ててたんだよ。
仕事が出来ても環境が悪くて
あぁここは向いてない
この仕事は好きだったけど
周りが駄目だ
そう思って諦めた。
家族の夢を押し付けられ
自分のこれだって夢を
貫き通そうとしたら
家族に潰され諦める。
恋愛だって
何もわからないまま付き合って
進展もないままで
結局別れて一人ぼっち。
どこまでいっても諦める人生だった。
希望なんて見出だせず真っ暗な道を進んでいく。
こんなクソみたいな世界をさ生きていかなきゃなんて馬鹿らしくない?
…あぁ君はそうでもない?
そう、まぁ君は僕とは違うからね。
君の目はキラキラで眩しくて憎らしいくらいだ。
まぁ僕の話なんてどうでもいいよ。
碌な人生じゃなかったからね。
君は…まだ此方に来る様な人生じゃないみたいだ
ほら後ろを見てご覧?
道があって光の先に伸びてるだろ?
君の人生という旅は続くんだ、まだまだ死んじゃあいない。
嘘だと思うならその道を行きなよ。
ただし振り返っちゃ駄目だよ。
振り返ると君は呑まれるだろう。
何にって…
僕という闇だよ
誰の心にも住む闇。
…ハハッ冗談。
そんな怖がらないで。
でもまぁそうだな
一つ助言をするなら
君は自分を知る事だね
そうすると自ずと僕が何者で
僕の言っていた事がわかるはずだよ。
さぁもう時間だ。
行ってらっしゃい、気を付けて
「良かった!行ったね!」
「行ったからなんだってんだよ」
「行っちゃったの?かわいそうに」
「もう少しいればよかったのに…あーあ…」
あるものは喜びあるものは怒り
またあるものは哀れみ
そして落胆する。
それらを視界にいれ僕は彼の消えた道を見る。
僕は人生に失望した。
それでも彼の背中を押したのは
君の道が途切れていなかったから
諦めなくてもいいんだと
思ったから
お題【旅は続く】
人は酷いことが起こると視界がモノクロになるらしい。そんな馬鹿なと冗談だろうと思った事だろう、しかしそれはどうやら本当だった。
街中を歩いていると景色が色を無くしたのだ。
人も建物も電車も全て。
私は焦った。
これはいつ治るものなのか
どうして発症したのか
病院はどこに行けば診てもらえるだろう?
でもふとこのまま目が見えなくなってしまったら
嫌なもの酷いこと何も目にしなくて済むのか?と悪い考えが嫌な方へとシフトしていく。
いやいやそれは困るのだ。
だって私の好きなものが見れない、家族とコミュニケーションが取れない、視覚を失うとはきっとそういうことなのだろう。
ふいにピコンと音が鳴る。
それはメッセージアプリの音で開けば恋人からだった。
大丈夫かと。
はて、何かあっただろうか。
そんな心配される事。
大丈夫、そう打とうとした時画面にポツリと雫が落ちる。雨が降ってきたのかと空を見れば晴れているのでおや?と首を傾げると周りから視線。
そして目に違和感。
あぁ、なるほど。この雫は私の目から落ちたものでコレは涙なのか。
続いて音が鳴り画面に視線を落とす。
失ったばかりだから心配で、そんな文面を声にならない言葉で復唱し記憶が蘇る。
そう…そうだった
もう居ないのか…だからこんなにも世界はモノクロで私の心は虚しさでいっぱいなのか。
泣いていいんだよ
その一言に私の世界は色が戻る。
起こってしまったことは戻らない。
モノクロだったのは私の心が忘れたかった事を隠してしまったからだった。
人は臆病で弱くてとても繊細だ。
それでも生きていかなきゃならなくて
立ち上がらなきゃいけない。
モノクロはきっと貴方の心にも発症する可能性があります。ですがそれは貴方を支えてくれる人が治してくれるかもしれません。
その事を心に記録しておいてください。
お題【モノクロ】