今日はよく晴れている。
自分は晴れの日が好きだ。特に快晴。
突き抜けるような青空を見上げるだけで気分が爽やかになる。
雲ひとつない晴れも好きだし、夏の入道雲が遠くに見える晴れも素晴らしい。
晴れているだけで朝の気分が全然違う。
今日は暑くなるらしいが、それもまたよし。
今日は持病の痛風の定期診察の日だ。
痛風の診察自体は3分話して処方箋を出してもらって終わりなので楽なのだが、今回は血液検査もするのでとても憂鬱だ。
多分結果はいつもと変わらずちょっと血糖値が高いくらいだと思うのだが、それでももしもなにかの異常があったらと思うと怖いし、何より採血が大の苦手なのである。終わってみればなんてことないのだが、それまでがあれこれ考えてしまってとてつもなく憂鬱になる。昼食を抜くのもなかなかつらい。
午前受診も考えたが、腹が減っていて朝食を抜くのが嫌だったので勢いで午後の自分に託してしまった。
まったく愚かである。
自分の夢にはよく亡くなった親しい人が出てくる。
一番よく見るのは、幼い頃から自分や家族によくしてくれていた母方のじいちゃん。亡くなって16年経つが未だに出てくる。誇張抜きで多分100回以上出てきたと思う。まだ俺のことが心配なのだろうか。
次いでよく見るのは、これも自分と仲が良かったが51歳で病死してしまった叔父さん。叔父さんも亡くなって15年経つが(要するにじいちゃんと叔父さんを相次いで亡くした)、こちらはまだ実は生きていた、または生き返ったという設定で出てくることが圧倒的に多い。
故人が生き返る夢というのはその死を受け入れられてないことの暗示だと聞いたが、もう15年経つし受け入れられていないとは思えないのだが。ちなみにじいちゃんはそういうシチュエーションでは出てこない。
なぜこんなことを書いたのかというと、今日の夢でその叔父さんが出てきた。しかし、終始穏やかな顔で自分となんてことのない会話をして終わった。その顔は今も思い出せる。
印象的な夢だった。
ここ一年以上、朝食はオートミールとヨーグルトに決めている。血糖値が高めなのでご飯やパンより糖質が低いものを選んでいるのだ。
オートミールは水を入れてレンジで温めてお粥状にして食べるのだが、毎日いろいろなダシやお茶漬けの素やカップスープなどを入れて飽きないようにしている。気に入っているのは、コーンポタージュのカップスープと混ぜてリゾット風にする食べ方だ。朝からなかなか贅沢な感じがする。
ただ最近はさすがにオートミールそのものに飽きが来てしまっているので、たまにパンを食べる日がある。毎日パンを食べていた頃は何も感じなかったが、たまに食べると焦げた香ばしさやマーガリンの濃厚な風味がありがたく感じる。
そんなパンのありがたみを感じるためにも、自分の健康のためにも、これからもオートミールは続けていきたい。
(ちなみに今朝はパンを食べた)
さっき起きた。
今のところそこそこ晴れているが、今日は基本的に曇りらしい。天気がいいうちに散歩でも行こうか。
この町に住んで16年。大体の場所は歩き尽くしたし散歩できるルートも絞られた。
最も散歩向きなのは、隣町にある大きな池のある公園まで行ったあと一周して帰ってくるとちょうど1時間というルート。公園も自然豊かできれいだし道中も小川や時期によっては桜並木などがあってなかなか見応えがある。
他にも15〜40分ほどの決まった散歩ルートがいくつかあり、出かける前にどれにしようか決めてから出発することが多い。
ただ、自分が散歩する上で1番好きなことは『見知らぬ面白い道や場所を発見すること』だ。「こんなところにこんなものが」とか、「思いがけずいい景色を見た」という新しいワクワクこそが散歩の醍醐味だと思っている。
しかし、前述の通りこの町にある道は大体歩き尽くしたので、最近はあまりそういったワクワクには出くわしていない。
とはいえ、範囲を広げればおそらくまだ見ぬ場所はあるはずだ。今日はそんな発見をしに散歩するのもありかもしれない。