むゆ

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6/19/2023, 2:37:35 PM

【相合傘】


…今日も快晴だ。

そんなことを思いながら窓の外を眺める




『聞いて!この前彼氏と相合傘しちゃった!』
『いいね。どっちから誘ったの?成り行き?』

嬉しそうに話しかけてきた友達に当たり障りのない相槌を返しながら、思考は別の方へと向いていた。

相合傘、かぁ…



『ねえ』

顔色を伺いながら声をかけてみる
彼は最近不機嫌なことが多い。

『なに?』

返ってきた返事の声色に暗い感情は無かった
よかった、今日は大丈夫みたい。

『あのね、友達がね。相合傘したんだって』
『そっか』
『うん』

呆気なく会話が終わってしまった。
素直に気持ちを伝えるってむずかしい。

いつの間にか愛情表現をすることもなくなり
ただ惰性で一緒にいるような、曖昧な関係。
もしかしたら好きなのはもう私だけなのかもしれない

もう一度話を振る勇気もなくぼんやりとしながら歩いていると、ふいに彼が立ち止まった。

『なあ』
『うん?』

彼の方から話しかけてくるなんて珍しい。
どうしたんだろう

『あー、その、さ』『相合傘。したいの?』


…びっくりした。
まさか察されるなんて思っていなかった。
素直に肯定するのも恥ずかしいが、ここで認めない方が後悔すると思ったので、恐る恐る頷いてみる。


『…そっか。じゃあさ、する、?』

不自然にそっぽを向きながらそう言う彼の耳は赤くなっていた
なんだ、この初めて手を繋ぐかのような初々しい空気感は。
いたたまれない。

『いいの?』

こくりと頷く彼。
でも相合傘をするには大きな問題がある

『あの、言いにくいんだけど今晴れだよ。』

そう、相も変わらず空には雲ひとつない
梅雨のくせにこんなに天気がいいなんて。
いるかも分からない神を恨めしく思ってしまうのは許してほしい

『日傘。』

6/16/2023, 4:04:47 PM

【1年前】

こうして行くあてもなく気の向くままに歩くのはいつぶりだろう。
越してきて1年が経ち、ここにもだいぶ慣れてきているはずなのに1つ小さな路地を曲がったらもう知らない景色だ

『にゃーん』

いつの間にか猫が着いてきていた。
真っ黒な毛に目を奪われるような澄んだ瞳

『おまえも散歩?』

返事をするかのように猫は小さく
「にゃん」と鳴き、僕の横に並んで歩き始めた

朗らかな日差しを感じながら目的もなく彷徨っていると、いつしか広場に出た。

何か遊具があるわけでもない、遊具どころかベンチの1つもない ただ開けた空間

そんな広場に何故かデジャブを感じる。

「チリン」

鈴の音が聞こえた気がして振り返ると
着いてきていたはずの猫がいなくなっていた

風にそよぐ一本の木が目に付く。

半ば引き寄せられるように木へと近づく




あぁ、思い出した。
1年前のあの日も僕はここに来た。
そして今日、導かれるかのようにここに訪れるまで全て忘れていたんだ。

僕は 黒猫も 広場も 樹木も
全部知っていた。



越してきたばかりで入り組んだ住宅街に迷い込んでしまい、困り果てていた僕が偶然見つけた広場。

あの日も僕は黒猫と共にここへ来たんだ。


またこの場所を忘れてしまうかもしれない

でも、きっと大丈夫だという根拠の無い自信がある。



僕が忘れたらまた君が連れてきてくれるでしょう?


「にゃーん」


風に揺られる葉っぱの音に紛れて
猫の鳴き声が聞こえたような気がした。

6/16/2023, 8:52:21 AM

【好きな本】

『せーんぱい!』

またか、と思いながら振り返ると
案の定そこには1人の後輩の姿があった。

『…なに』

我ながらそっけないなとは思う
それでもこの後輩は何故か私を慕ってくれるのだ

『この前の読み終わりましたよ。今日はなに読んでるんですか?』

そう言う彼の手には私が先週貸した2冊の小説がある。
彼は時折図書室に現れて私から本を借りていく
お互い名前どころかクラスも部活も知らない。
私たちの不思議な関係はもう半年も続いている

『あなた、たまには自分で選んだらどう?』

こうしてちょっと突き放してみるのも何度目だろうか。

『そうですね』
『…え?』

一瞬息が止まった。
いつもは笑って流す彼に
肯定的な言葉を返されたのは初めてだった

『なんでそんな顔してるんですか笑』
『なに。変な顔をしてるつもりはないんだけど。』

自分でもよく分からない動揺を見透かされたようで柄にもなく焦ってしまう

『僕は先輩が僕のために選んでくれる本が好きなんです。先輩の好きな本が僕の好きな本。』
『ん、そっか。』

どうしてか鼓動が早くなる。
気がついたら、言うつもりの無かった言葉が飛び出ていた

『じゃあ一緒に本屋にでも行く?』

しまった、と思った時にはもう遅く
彼は嬉しそうに頷いていた。

『行きます!絶対に!』
『そう。今度の日曜日は空いてる?』
『空いてます空けます』

名前も知らない彼と出かける予定をたてていることがなんだかおかしくて笑ってしまう

『せんぱい』

顔を上げると彼がいたずらっ子のような笑みを浮かべていた

『日曜、好きな本を見つけましょうね。』
『…?うん』
『先輩と僕、2人の好きな本。』