【1年前】
こうして行くあてもなく気の向くままに歩くのはいつぶりだろう。
越してきて1年が経ち、ここにもだいぶ慣れてきているはずなのに1つ小さな路地を曲がったらもう知らない景色だ
『にゃーん』
いつの間にか猫が着いてきていた。
真っ黒な毛に目を奪われるような澄んだ瞳
『おまえも散歩?』
返事をするかのように猫は小さく
「にゃん」と鳴き、僕の横に並んで歩き始めた
朗らかな日差しを感じながら目的もなく彷徨っていると、いつしか広場に出た。
何か遊具があるわけでもない、遊具どころかベンチの1つもない ただ開けた空間
そんな広場に何故かデジャブを感じる。
「チリン」
鈴の音が聞こえた気がして振り返ると
着いてきていたはずの猫がいなくなっていた
風にそよぐ一本の木が目に付く。
半ば引き寄せられるように木へと近づく
あぁ、思い出した。
1年前のあの日も僕はここに来た。
そして今日、導かれるかのようにここに訪れるまで全て忘れていたんだ。
僕は 黒猫も 広場も 樹木も
全部知っていた。
越してきたばかりで入り組んだ住宅街に迷い込んでしまい、困り果てていた僕が偶然見つけた広場。
あの日も僕は黒猫と共にここへ来たんだ。
またこの場所を忘れてしまうかもしれない
でも、きっと大丈夫だという根拠の無い自信がある。
僕が忘れたらまた君が連れてきてくれるでしょう?
「にゃーん」
風に揺られる葉っぱの音に紛れて
猫の鳴き声が聞こえたような気がした。
6/16/2023, 4:04:47 PM