【好きな本】
『せーんぱい!』
またか、と思いながら振り返ると
案の定そこには1人の後輩の姿があった。
『…なに』
我ながらそっけないなとは思う
それでもこの後輩は何故か私を慕ってくれるのだ
『この前の読み終わりましたよ。今日はなに読んでるんですか?』
そう言う彼の手には私が先週貸した2冊の小説がある。
彼は時折図書室に現れて私から本を借りていく
お互い名前どころかクラスも部活も知らない。
私たちの不思議な関係はもう半年も続いている
『あなた、たまには自分で選んだらどう?』
こうしてちょっと突き放してみるのも何度目だろうか。
『そうですね』
『…え?』
一瞬息が止まった。
いつもは笑って流す彼に
肯定的な言葉を返されたのは初めてだった
『なんでそんな顔してるんですか笑』
『なに。変な顔をしてるつもりはないんだけど。』
自分でもよく分からない動揺を見透かされたようで柄にもなく焦ってしまう
『僕は先輩が僕のために選んでくれる本が好きなんです。先輩の好きな本が僕の好きな本。』
『ん、そっか。』
どうしてか鼓動が早くなる。
気がついたら、言うつもりの無かった言葉が飛び出ていた
『じゃあ一緒に本屋にでも行く?』
しまった、と思った時にはもう遅く
彼は嬉しそうに頷いていた。
『行きます!絶対に!』
『そう。今度の日曜日は空いてる?』
『空いてます空けます』
名前も知らない彼と出かける予定をたてていることがなんだかおかしくて笑ってしまう
『せんぱい』
顔を上げると彼がいたずらっ子のような笑みを浮かべていた
『日曜、好きな本を見つけましょうね。』
『…?うん』
『先輩と僕、2人の好きな本。』
6/16/2023, 8:52:21 AM