夏の忘れ物を探しに行く。
そんな馬鹿げたことを言い出したお前が、何を思っていたのか、その時は分からなかった。だから何も言えなかった。
それでもお前は俺の手を無理矢理引いて、まだ照っている太陽より明るく笑った。
俺とお前はずっと一緒だったもんな。相棒でライバルで、友達。そして、俺の好きな奴。今は、恋人。
お前の、俺たちの忘れ物。
丁度こんな暑い夏に付き合った、俺たちの忘れ物。
何気ない駄菓子屋、何気ない商店街、何気ない日常。
他の人にとってはそうかもしれない。
それでも、俺たちには全てが新鮮だったあの場所に、まだ体験していない忘れ物を探しに行こう。
俺たちの、記念日を。
8月31日、午後5時
何分かまでは覚えてないけど、君が俺の前で死んだ。
__8月31日午後5時!バイバイ!
そんな陽気な声で地面に飛び込んだ。
途端、下からグシャっという肉の弾ける音が聞こえる。あまりの衝撃に動けなかった。いきなり呼び出されて、屋上に来た途端に君は消えた。
止める隙さえなかった。
なぜ俺なのか。それすら分からずに8月31日、午後5時元気に死んでいった。
その場には一枚の紙だけが残されていた。
そこには君からのメッセージが書かれている。
「これで、君は私のことを
夏の終わりに必ず思い出してくれるよね?」
その一言だけだった。
あぁ、その通りだよ。この性悪女が。
心の中の風景は
今日、美術の時間に「心の中の風景を描く」というお題がでた。
思い付かず、隣の席の人の画用紙を覗き込む。そこには暖かな太陽と綺麗な花畑が描かれていた。逆の机を覗き込むと、一つのベットが描かれている。
私は未だ真っ白の画用紙を眺めるだけ。
考えてみれば今までの人生、何をしていたんだろう。何を思っていだんだろう。
そう問うてみても何も分からなかった。
そう、「何も」おかしいな。
今までだって、思い出とか……あれ?
嬉しい事とか…悲しかったり……怒ったり…喜ぶ事だって……あれ、分からない。
そうか私の人生全部、「なんとなく」だったっけ。
朝起きて、学校に行って、誰かと話して、部活して、帰ってきて、寝る。
全て「なんとなく」で、自分で考えたことなんてなかったな。
じゃあ、描くものもないか。
私の心の中の風景は、真っ白で何もない。
寂しくもないけど、まぁ…いつも通りだね。
暑い風の中にいる独特な匂いを放つ夏草。
蒸し暑い田舎にある、夏草に囲まれた大好きな君のお墓。
冷たくなった君を埋めて、大きめの石を乗せただけ。
私が中学生の時に死んだんだっけ。
その日も夏草の独特な匂いが漂ってた。
生ぬるい風が頬を撫でるのが気持ち悪かった。
私の大好きなお姉ちゃんが、死ぬなんて思わなかった。
お墓の周りに生えている夏草を抜く。暑いけど、お姉ちゃんのためだから。
夏草の匂い。嫌いだな。お姉ちゃんを埋めた時を思い出す。
あぁ、もう一度会いたいよ。
もう一度だけ、そばに来てよ。
夏草の匂いに包まれて、今日もお姉ちゃんを思い出す。
三毛猫の可愛いお姉ちゃんを。
幸せの青い鳥の話。孤児院で読んだんだ。
結局、幸せは自分たちが元々いた場所にあったんだっけ?
そんな綺麗事が信じていられるうちは、私の幸せはここにあるんだよね。
でも、それが綺麗事だと気づいた瞬間に青い鳥は逃げていく。いや、青い鳥の幻覚は見えなくなるんだ。
私は気づいてしまったんだ。
あの話は親のいない私達のために、気休めに読まされていた話だった。
ここにある。そう信じていられたのはいつまでだったかも分からない。
でも大丈夫。私の青い鳥はいなくても、私の居場所はここにある。
幸せとは言い難いけど、居場所があるだけありがたい。
青い鳥なんていなくていい。親なんていなくていい。友達なんていなくていい。綺麗事なんてなくていい。
泣き方だって分からなくていい。
寂しいって思えなくてもいい。
私の帰る場所はここにある。