彼の口癖。___special day.
何かと良く口にした言葉だった。
別に外国人とかハーフとかでも無ければ、帰国子女でも留学生だった訳でも無い。
記念日は勿論。なんでも無い日でもそんな事を言っていた。
最初は不思議に思って、少しだけ嫌だった。でも、彼がずっと言っている間にだんだん面白くなってきて、いつの間にか好きな言葉になっていた。
いつでも笑顔で陽気な彼に、私もつられたんだと思う。
そんな彼は今、消毒の匂いがする部屋で沢山の管に繋がれている。喋れはする。だが、それもどうにか絞り出したような声でだ。
もう、先が長く無い。彼の胸が上下をやめていく。
ねぇ、ねぇ、待ってよ。まだ、一緒にいてよ。1人にしないで。お願い。
必死に彼の手を握る。いつの間にか視界が滲んで白いシーツを濡らす。
すると彼が口を開いた。
_こんなに、愛、してくれる。人が、いた。
今日、まで…ずっと、、special day__
彼の微笑む顔と共に、無機質なピーという音が頭に響いた。
体育の途中。こんな暑い日に陸上なんて。
元々体力の無い私はすぐにバテてしまい、木陰で青空を見上げながら休む。
ドアが開いている体育館には私の想い人。今日はバレーボールをしている。あぁ、今日も太陽みたいに眩しいね。思わず目を逸らす。
君はどれだけ眩しいんだろう。君はどれだけの人を虜にするのだろう。君はどうして魅力的なんだろう。
もう、諦めてしまおうか。
泣きそうな気持ちを追い出すべく、ため息を吐くと、後ろから声をかけられた。
そう、私の想い人に。
私を心配する言葉を掛ける君。でも直ぐに体育館に戻って行った。
あぁ、君はまた私の心を掴むんだ。
やめてよ。もう離してよ。苦しいよ。
生暖かく吹く風は木陰を揺らした。
揺れる木陰は、まるで私の心のようだ。
あぁ、逃げたいなぁ。
授業に集中できていない。先生には関係ないはずなのに、これでもかと怒られる。
今日も放課後に呼び出しを食らった。
正直どうでもいい。ボーッとしているのも勿体無いので、今日の小説のネタを考える。
今日は男女の恋愛かなぁ。そこにちょっとホラーを混ぜて。最後は彼女の方が行方不明になって、彼氏が探しに行くとか?それか死ネタでも面白いだろうなぁ。
脳内で自分の考えた物語をアニメのように映像化する。
すると先生の怒鳴るような声が聞こえた。
妄想の世界から一気に現実に引き戻される。
僕の楽しい世界を返してくれよ。僕だけが入れる、真昼の夢。
僕が僕でいれる時間だから、真昼の夢は僕を救う。
これからもきっと、
僕は真昼の夢に浸って生きていく。
姉が大学生になり一人暮らしをするようになった頃、とても喜んだ。なぜなら2段ベットの2階をやっと使えるようになったから。小さな事だけど、ずっと楽しみにしていた。少し手を伸ばせば天井に届く。地から離れた場所で寝る。その特別感が欲しかった。
でも、それでテンションが上がったのは1日。いや、1時間。もしかしたら1分、、1秒かもしれない。
姉の居ない部屋が何故だか広く感じて、やけに静かだった。
私は思っていたより姉が好きだったんだな。
この2段ベットは姉と私の、2人だけの思い出が沢山ある。
どっちが2階で寝るかで争ったり、勝手に2階に上がって叱られたり。でも楽しい思い出もある。
2階の床と布団の隙間に掛け布団を挟んで、1階まで垂らす。そして1階に2人で入って「秘密基地」なんてのもした。暗闇で2人。楽しくて、幸せだった。
少し懐かしくなって1人で秘密基地を作った。でも、足りない。姉が、居ない。
2人だけの思い出。2人だけの秘密基地。2人だけの。
小学生の頃の夏休みのこと。夏祭りがあるっつて友達と一緒に行ったんだ。そしたら思ったより人が多くて見事にバラバラ。
ちょっと歩いたら鳥居っぽいとこがあったから、そこで座って待ってたんだ。んでちょっと鳥居の奥の方見てたら狐の面した女の子が現れてさ。俺と同い年くらいの子で、顔が見えないのに可愛いって思った。いわゆる一目惚れ。
声はかけられなかったんだけど、それから毎日あそこに行ったんだ。晴れでも雨でも、夏でも冬でも。
でも、あの子は夏祭りの日にしか現れない。
思い切って声を掛けた中2。あの子はニタっと笑った。
「やっと、話しかけてくれた。ねぇ、変わって?」
冷や汗が止まらなかった。今まで仮面をかぶっていると思った顔はあの子の素顔で、その奇妙な狐の顔が目を歪ませ、口を少し開けたまま弧を描く。
不気味な笑顔に変わった瞬間、俺はあいつに喰われた。
あぁ、今度は俺の番。俺の身代わりを探して今年も夏祭りに現れる。
ねぇ、変わって?そう思いながら。
これが俺の夏の恒例行事。