ーー俺と踊りませんか?
カッコつけて誘ってくれているが盆踊り会場である。
----------
平日の夕方、世のお子様の視線を捉えて離さない、某・愛と勇気だけが友達と謳う国民的ヒーローを模したお面をクイと少しだけ上げ、彼は私に向かって大仰に一礼してみせた。
へ?と呆気に取られていると、返事を返す前にツイと恭しく手を取られ輪の中へ誘われる。
浴衣の裾と、カラコロと涼しげな音を響かせる下駄を気にしつつ、手を引かれるまま彼の後ろに続き、踊りの輪へと加わることになってしまった。
やぐらからはお腹の底に響き轟く太鼓の音と、滑るように風に乗り吹き渡る笛の音色。
体に染みついた旋律。
自然と手が、足が、視線が音に乗る。
周りでは、幼子達が笑いながら見よう見まねで手足をばたつかせ、老人達が余裕といった表情で力強さと優美さを纏い、踊りの輪を粋に華やがせる。
連綿と続く変わらない祭りの夜。
目の前には私同様、やはり完璧に踊りこなせている昔馴染みの背中。
幼い頃から親しんだ私達の故郷の踊り。
二人とも地元を離れて久しいが、きっと私達は、一生この旋律を忘れることはできないんだろうと思った。
----------
目の前で真剣に踊っていた彼が、前触れなく顔だけこちらへ向けた。
彼の背中をぼんやりと見つめながら、そんなとりとめのない考えに耽っていた私は、その強い視線に不意を突かれて軽く目を見張る。
バチリ、と目が合って数秒、私はなんだか大声で笑い出したくなった。
お城じゃなくて地元のやぐらで、
管弦楽じゃなくてお腹に響く太鼓で、
手を引いてくれる王子様じゃなくてこっちみて爆笑してる某アンパンのお面かぶった幼馴染だけど。
全然まったくロマンチックじゃないけど。
なんか嬉しいなって思って。
『踊りませんか?』
/ロンド(盆踊り)
小さな前足で首元の掛け布団をかしかしと掻き
こちらを見つめてにゃあと鳴く
少しだけ隙間を開けてどうぞ?と待つと
するりと布団に潜り込んで
お腹のあたりでくるりとまるく収まる
ふわふわで温かな、小さな幸せのかたまり
寒くなってきたもんね
『秋』
/季節を告げる妖精さんだった…?
「……止まるなら、今がいいなぁ」
未だベッドの上、夢とうつつの狭間にいる君がぽつりとこぼし、眉を下げてふわりと微笑う。
愛しげに細められた彼女の目尻から、ころり、と涙の粒が頬を伝った。
身体を起こしてはいるものの、ぼんやりとこちらを見つめ目の淵に涙を湛える彼女を驚かせないよう、ゆっくりと手を伸ばす。柔らかな頬を包むと、すり、と手に頬を擦り寄せてきた。
本当ならいいのに
そう呟きながらぽろり、ぽろりと涙をこぼし、うっとりと目を閉じる彼女の頬を親指で拭いとっていると、細くしっとりとした二の腕が首に縋り付いてきた。
「……本当、いい夢。……会いたいなぁ」
泣き笑いの顔で頭へと頬擦りをする彼女の腕を無言で解き、そのままぽすりとベッドへ押し倒す。
上から覆い被さるようにして顔を寄せれば仰向けの彼女はえ、と目を見開いていた。
その表情を見て少しだけ溜飲を下げると、耳元に唇を寄せ「夢な訳あるか」と囁いてやった。夢であってたまるか。
え、でも、だって、と混乱している彼女の背を掬い上げるようにして抱き寄せ、「ただいま」を告げる。
そのまま縋るように彼女の肩に顔を埋め、ぎゅうと回した腕に力を込めた。
『時間よ止まれ』
/俺も会いたかった
ぽつり、ぽつりと遠くに灯る明かりの一つ一つに、それぞれの幸せがある
きっと私は、この薄闇に散らばる数多の灯火の持ち主たちとは、これからも直接出会うことも語らうこともないでしょう
それでも、それぞれの窓辺にポッと灯る街の明かりは、これからも私が世界にひとりきりでないことを教えてくれるのでしょう
『夜景』
/見知らぬ貴方の幸いを
身の程知らずにも
願ってしまったのだ
憧れて、憧れて
側に行きたくて
たとえ燃え尽きてしまったとしても
どうか
貴方に近づきたいと
『命が燃え尽きるまで』
/届かないと知りながら