NoName

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9/18/2023, 11:35:54 AM

ぽつり、ぽつりと遠くに灯る明かりの一つ一つに、それぞれの幸せがある

きっと私は、この薄闇に散らばる数多の灯火の持ち主たちとは、これからも直接出会うことも語らうこともないでしょう

それでも、それぞれの窓辺にポッと灯る街の明かりは、これからも私が世界にひとりきりでないことを教えてくれるのでしょう



『夜景』
/見知らぬ貴方の幸いを

9/14/2023, 3:01:13 PM

身の程知らずにも
願ってしまったのだ

憧れて、憧れて
側に行きたくて


たとえ燃え尽きてしまったとしても

どうか
貴方に近づきたいと



『命が燃え尽きるまで』
/届かないと知りながら

9/11/2023, 3:52:26 PM

とてもありふれた柄の貴女だけど
『私の猫』は貴女だけ

だぁい好きですよ



『世界に一つだけ』
/わが家の最愛

9/8/2023, 9:10:34 AM

あぁ、まただ。


不意に空から降り注ぐ音に足を縫い止められてしまった。

苦々しい思いでふり仰ぎ見つめた先、頭上のビルボードには私の知らない名前を持つ、私の知ってる彼の姿。

彼の指が跳ねるたびに、夏草に散った水滴のように弾んでは転がる音の粒たち。
音が跳ねて踊ってるみたいねと冗談めかして言ったあの日から、どれほどの季節が巡っただろう。

鍵盤の上を跳ねる指
ギターの弦を弾く指

踊るように弾むその指先を、柔らかな声で紡がれるまだ歌詞のないその旋律を。
ただ隣で聴いている時間が大好きで、大切だった。

人の心を惹きつけて止まない音。
彼の目から見た世界を、奏でる音を私は愛していた。
そしてそれは私以外ももちろん例外ではなかった。

『音楽』を愛して止まなかった彼が、やがて『音楽』に見出され、『音楽』から選ばれるのに、そう時間はかからなかった。


そうして彼は、『音楽』に手を引かれて行ってしまったのだ。

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スクリーンに写ってるのは、あの頃より少し大人びた、知らない名前の知ってる彼。

降り注ぐ音楽は今も変わらず人を惹きつけて止まない、私の大好きな音なのに。

昔、無邪気に聴いていたころより深みが、愛おしさが、衝動が、切なさが滲む音。

私の知らない誰かを想って紡がれる歌。


もう聞きたくないと思ってしまった。



金縛りにあったように動けない私に、容赦なく『彼の音楽』は降り注ぐ。

大好きだった彼の音が、空っぽな私の中を満たしてゆく。強制的に『彼の音楽』に満たされてしまう。

私に宛てられた歌じゃないのに。


満たされて、抱えきれなくて、溢れて。
頬を伝った涙がアスファルトに弾けて転がった。




『躍るように』
/かつて灯火を灯した女の子の話

9/6/2023, 3:48:17 PM

「なんで目覚ましかけてないの?」
「かけたわ!お前が叩き落としたんだろうが!」


時刻は午前8時を少し回ったころ。
このまま何事もなければ、あと1時間ちょっとでシドニー行きの飛行機は定刻通り飛び立ってしまうだろう。
無情にも、彼を置き去りにして。


あれはナイチンゲールよ、ひばりなんかじゃないわ。

なんて優美にごまかすような状況になる前に、どうやらあたしは別れの時を告げる歌を奏でるはずのひばり改め我が家の目覚まし時計をぶん投げて黙らせたらしい。
哀れな目覚ましは役目を果たせぬままどこか不貞腐れたように床に転がっていた。

あ"ー!!と叫びながら駆け込んだ洗面所の方から聞こえてくる喧騒を、あたしはベッドの上にぼんやりと座り込んで、聞くともなしに聞いていた。

またしばらくのお別れだというのに情緒もへったくれもないなぁとへらりと笑う。

あれはナイチンゲール。だから大丈夫、まだ行かなくていいの。

真似して言ったらやっぱ帰らないって言わないかな…無理か。

急き立てられているような速さで全ての支度を終え、荷物を掴み足早に玄関へ向かう彼の後をポテポテと追う。

背を向けたままトントンと踵を靴へおさめ、ドアノブに手をかけながらじゃあな!と告げる彼の上着の裾を思わずキュッと引いてしまった。

……別に一生の別れじゃないんだし。
それぞれにいくつかの季節を過ごしたら、
また『久しぶり』と笑って共に過ごせるのだ。

わかってはいるんだけど。


掴んだ裾からそっと手を離し、じゃあねと告げるために顔を上げた刹那、くるりと振り返った彼に腕を取られグンッと前へ引き寄せられる。
勢いのまま体勢を崩して前につんのめったところをそのまま抱えるように無言で抱きすくめられた。

形のいいおでこがぽすりとあたしの肩へ置かれる。さらりと目の端で金髪が揺れるが、表情は見えない。

何も言わない背中に手を回し、ぽふぽふと宥めるように抱擁する。

……離れ難いのはお互い様だよね。



「……また来るわ」
「ん、待ってんね」

そうして彼は、再度あたしをぎゅっと抱きしめると振り切るようにガバリと身体を起こし玄関を飛び出していった。

ガンガンガンと階段を勢いよく駆け降りていく音。続く無音。

情緒もへったくれもない。
ひばりも歌声を響かせない。
それでもあたしはこういう朝でいい。
こういう朝がいい。

時を告げることのできなかった哀れなひばりを拾い上げてサイドテーブルへことりと納め、ひとつ伸びをした。

とりあえずお洗濯をしよう。

もしかしたら飛行機見えるかも知んないし。


方角知らんけど。



『時を告げる』
/遠距離恋愛のお話

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