あぁ、まただ。
不意に空から降り注ぐ音に足を縫い止められてしまった。
ふり仰ぎ見つめた先、頭上のビルボードには私の知らない名前を持つ、私の知ってる彼の姿。
彼の指が跳ねるたびに、夏草に散った水滴のように弾んでは転がる音の粒たち。
音が跳ねて踊ってるみたいねと冗談めかして言ったあの日から、どれほどの季節が巡っただろう。
鍵盤の上を跳ねる指
ギターの弦を弾く指
踊るように弾むその指先を、柔らかな声で紡がれるまだ歌詞のないその旋律を。
ただ隣で聴いている時間が大好きで、大切だった。
人の心を惹きつけて止まない音。
彼の目から見た世界を、奏でる音を私は愛していた。
そしてそれは私以外ももちろん例外ではなかった。
『音楽』を愛して止まなかった彼が、やがて『音楽』に見出され、『音楽』から選ばれるのに、そう時間はかからなかった。
そうして彼は、『音楽』に手を引かれて行ってしまったのだ。
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スクリーンに写ってるのは、あの頃より少し大人びた、知らない名前の知ってる彼。
降り注ぐ音楽は今も変わらず人を惹きつけて止まない、私の大好きな音なのに。
昔、無邪気に聴いていたころより深みが、愛おしさが、衝動が、切なさが滲む音。
私の知らない誰かを想って紡がれる歌。
もう聞きたくないと思ってしまった。
金縛りにあったように動けない私に、容赦なく『彼の音楽』は降り注ぐ。
大好きだった彼の音が、空っぽな私の中を満たしてゆく。強制的に『彼の音楽』に満たされてしまう。
私に宛てられた歌じゃないのに。
満たされて、抱えきれなくて、溢れて。
頬を伝った涙がアスファルトに弾けて転がった。
『躍るように』
/かつて灯火を灯した女の子の話
9/8/2023, 9:10:34 AM