懐かしい匂いがした。
それは手元にある一通の手紙からだった。
震えた手で書いているかのような、微かにブレている字。それらで構成された、彼らしい文章。
何故か手紙になると敬語になるところも、懐かしい。
元気にしていますか。
-ええ、元気にしていますよ。
この手紙を読んでいる今は、良い天気でしょうか。
-ええ、雲ひとつない晴天です。
心の中で読み上げては、それに返事をする。
読んでいるあなたは、笑っているでしょうか。
-きっと彼は、この手紙が届く頃には自分がこの世から去ってしまっていることを分かっていたのでしょう。
この世で一番大切な彼、そしてその彼と過ごすはずだった時間を失ってしまった。
それは覆せない事実で、これからも私は現実を歩む。
この一通の手紙だけが、彼と私を繋ぎ止めてくれる最後のツールだった。
メッセージアプリにはない、彼の字癖や紙についた香り。
まだ浸っていたい気持ちを抑え、匂いがどこかにいってしまわないようにそっと便箋を閉じた。
【手紙を開くと】
道にたんぽぽが咲いていた。
葉が赤くなるのを見るともうそんな季節か、と思うし
こうしてたんぽぽを見ると、また季節が一巡してきた
と思う。
ただそこには子どもの頃感じたような、
ワクワクする感覚はもう、ないような気がする。
あるいはうまく見つけることが
できなくなっているような気がする。
子どもの頃の方が、変化に敏感で
感じたもの全てが新鮮で、きらきらとしていた。
大人になってからは少し世界が色褪せて見える
そんな気がする。
けどだからといってそれが悪いことだとは一概には言えない。
感覚で「綺麗」と感じたものもあれば、
そこに隠れる「過程」を知り、それを含めて「綺麗」
なのだと思えるものもある。
特別じゃなくても、あらゆる経験から、そのときの風景や言葉を思い出して
すべてが合わさるからこそ「綺麗」な思い出になるものもある。
子どものままでよかったのか。そうじゃないのか。
きっと大人になったからこそ増えた喜びがある。
そうやって今を受け入れられるようになりたいな。
【子供のままで】
それは生まれて一度も経験したことのない
出来事だった。
母に内緒で夜中外へ出た時とも、
学校へ行かず制服のままお出かけした時とも違う。
それらとは比べ物にならないほどの刺激。
私はこれまで道から逸れるようなことをせずに
ありきたりな言葉を使うと、
敷かれたレールを歩くだけの模範生だった。
それがいつからこうなってしまったのか
どこでレールを踏み外したのか、
今となっては分からない。
ただあの瞬間、それに惹かれてしまったのだ。
出会うべく出会ったかのように。
それはおとぎ話の中の主人公みたいに。
今日も私はそれを求めてただ歩く。
その行為をしたあとの罪悪感を消すように、
ただ、歩く。
そして今日も忘れられず、同じ過ちを繰り返すのだ。
あのお腹の奥底から燃えるような、刺激を求めて。
【忘れられない、いつまでも】
【辛ラーメンが、食べたくて】
声が聞こえる。
それは特に皆が寝静まった頃、
見計らったかのように聞こえる、声。
風が控えめに歌い、それにつられて木々も歌う。
そうした声に耳を傾けながら夜を嗜んでいると、
また別の声が聞こえてくる。
それはだんだん大きくなって、次第に声は
言葉に変わる。
耳を澄ませば聞こえる声。
夜は自分の心の声に耳を傾ける手助けをしてくれる。
善意が時には悪になる
悪いことをしているつもりはない
けれども、善かれと思ってしたことが
誰かの心を刺す棘になることもある
それは果たして、悪なのか、それとも悪ではないのか
考えるけど、いつも答えは見つからない