松坂 夏野

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懐かしい匂いがした。
それは手元にある一通の手紙からだった。

震えた手で書いているかのような、微かにブレている字。それらで構成された、彼らしい文章。
何故か手紙になると敬語になるところも、懐かしい。

元気にしていますか。
-ええ、元気にしていますよ。

この手紙を読んでいる今は、良い天気でしょうか。
-ええ、雲ひとつない晴天です。

心の中で読み上げては、それに返事をする。

読んでいるあなたは、笑っているでしょうか。

-きっと彼は、この手紙が届く頃には自分がこの世から去ってしまっていることを分かっていたのでしょう。

この世で一番大切な彼、そしてその彼と過ごすはずだった時間を失ってしまった。
それは覆せない事実で、これからも私は現実を歩む。

この一通の手紙だけが、彼と私を繋ぎ止めてくれる最後のツールだった。

メッセージアプリにはない、彼の字癖や紙についた香り。

まだ浸っていたい気持ちを抑え、匂いがどこかにいってしまわないようにそっと便箋を閉じた。

【手紙を開くと】

5/5/2025, 4:21:50 PM