鏡の中の自分 (11.4)
「なんか、老けたね」
中学からの親友に放たれた弾丸の跡をまた確認してしまう。リフレイン、リフレイン。頭のてっぺんから首までじろじろと向けられた視線は連続有効打撃。
そりゃあ、私だって、歳は感じてましたとも。
鏡に鼻がくっつきそうなほど近づいて睨む。学生時代の日焼けがたたって、肌にコーヒーをこぼしたように痣が点々としている。
シミだって、そりゃあるでしょうよ。
でも、とひとりごちながらため息をついたら、ふぁっと白く曇る顔。メイクで隠していたし、あの日も『割といい感じ』の出来だったのに。
「『鏡は本当のあなたを映していない』??」
それがネットでヒットした原因だった。どうも長い間使っている鏡は傷やら汚れやらついて、本当の自分を映していないらしい。あとは、自分の色眼鏡。
「変えるったって、洗面とくっついてるからね」
数秒悩んで、諦めた。
毎朝鏡を見たら、ちょっとかわいい自分が迎えてくれるってよくない?
そういうことにした。
暗がりの中で (10.29)
拙者は無事、輪廻転生したらしい。
というのも、冷たい川に身を斬られた記憶が最期、今は生暖かい液体が中に揺蕩うているからでござる。
「ぁう」
ふむ、声は出せぬ。へそは妙な紐で繋がれ、暗く狭い湯の中に閉じ込められているようだ。
あれだけ殺生を繰り返した拙者でも、転生出来るのだな…と神仏に祈った日々を思うと感慨深い。あぁ、おひなは無事この世に来れただろうか。共に来世を願って入水した儚き女。
長いまつ毛、ぱっと鮮やかに紅を引いた口。並の武士より立派な気構えはいつも、きりりと此方の気が締まった。
かの利口な娘抜きで生まれ落ちたらと思うと胸がひどく痛む。どうか、今世こそ。
いや、それよりも。
「……。」
この詰められた空間にもう1人、同じようにへそを繋がれた赤子が眠っている。暗がりでよく見えないが、ふさふさとしたまつ毛がすでに可憐な顔を際立たせていた。
『おひな?』
それは、少し困る。
拙者は主君の訃報を聞いた前のような、ぞわりと逆立つ嫌な予感に瞳を閉じて蓋をした。
紅茶の香り (10.28)
「ダサっ」
持っていたケーキの箱を危うく落としそうになる。
「え、チーズケーキには牛乳だろ」
「どこの英国紳士が乳製品に乳製品合わせんのよ」
「いや僕ら日本人だし」
絶対紅茶でしょぉ、と大げさにため息をつきながら、ちょっぴりくすぐったくなる。清涼剤と砂っぽい彼の匂いにすんと目を細めた。
「で、いいのか?中三の夏に僕に付き合ってて」
「まぁ。教える方が力になっていいもん」
ふーん、と片付ける彼のノートは書き込みで真っ黒になっていて。早く追いついて、とジリジリする。
同じ高校にいきたい。でも私の成績が伸びたから、もう一つ上に行くべきだともわかっている。
「じゃあ、いただきます」
「召し上がれ。お店のだけど」
しょっぱい寂しさを飲み込むと、ねっとりしたチーズの香りがほんのり甘い牛乳と溶けていく。おいしい、牛乳すごい、とピョンピョンしていると
「紅茶とか、大人ぶってちゃダメってことよ」
ニヤリとされて、急に頭の芯がひんやり冷静になった。蘇るのは、あのやけに良い志望校判定。
「私たちは、いつまでも牛乳を選んでられないんだよ」
どーいうことだよ、と呆れたように笑う彼を泣きそうに見つめた私は、ざらりと渋い紅茶の香りを思い出した。
愛言葉 (10.27)
俺は今、人生で最も幸せにして最高に焦っていた。
「新婦さんのことをよく知ってる貴方なら答えられるそうですよ!」
『彼女と俺の思い出の場所』
どうもそれを言うと扉があき、お色直しした新婦が出てくる設定らしい。サプライズが好きな彼女らしい演出だ。だが新郎が答えられない可能性を是非とも考慮して欲しかった。切実に。
「そんなんで新婚生活大丈夫かー?」
「ありすぎて困ってんだよ!」
真っ白な頭で叫ぶ。落ち着けよ、と笑う友人の声に彼女の声が重なる。
——落ち着いて拾うだけよ。カギはそこらじゅうに落ちてるんだから。
リアル脱出ゲームに連れられ、ミステリファンの彼女がほぼすべて解決したあの時。格好つかなかった俺にそうやってニヒルな笑みを浮かべたのだ。
考えろ。今日のアイツを思い出すんだ。
初めは挨拶…目立ちたがり屋の彼女はマイクも使わず情趣たっぷりに演説。そういえば食事のとき、縁起でもなく「銃で撃たれる夢を見た」と言っていた。この後着るドレスも急に山吹色に変更していた。
……そうか。
俺はあの時の彼女のようにニヒルな、いや、ドヤ顔で声を張り上げた。
「俺らが初めて喋った時。学祭のごんぎつねの舞台だ!」
「正解!!」
ガバリと後ろから飛びつかれた俺は、驚きと安堵で笑いが止まらなかった。
友達 (10.26)
モブAとの距離約5センチ。
吹きこぼれるイライラのままにLINEを開く。
『最近ちょっとAと距離近すぎじゃない?』
送ってから数秒、すんと鼻の奥から背筋が冷たくなる。言いすぎた。慌てて送信削除を試みて、既読の2文字に固まった。
『別にいいじゃん、好きなんだもん』
それが良くないのに。
きゅうと縮まる心を抱えて、続いて送られた言葉に唇を噛み締める。
『応援してよ。友達でしょ?』
ちがう。貴女はそうでも、私は。
その時は訪れる。
『Aくんと付き合うことになった‼︎』
飛び跳ねるスタンプを睨んで滲んだ視界を恨む。おめでとう、と返してから数刻。血の気のない指先を必死に動して送信する。
『私たち、友達だよね?』
私は女だから。決定的な言葉で、この気持ちをはぎ取ってもらえるように。
『違うよ』
息が止まる。
いやだ、あいたい、すてないで。
吐きそうなほど突き上げる感情に声にならない悲鳴をあげる。
『親友でしょ?』
そう、彼女がはにかんだのが見えて。堪えきれず嗚咽した私はスマホを捨てた。
『ずっと大好きだよ!』